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 プレゼンの結果が出た日、りんちゃんは親戚の不幸で仕事を休んでいた。 「怪獣のストーリーに決定した」電話を終えた玲爾が言った。「文案を煮詰めて、ストーリー・ボードをつくろう。イラストのサンプルを三案、あと十日で準備する」  やっぱり、そっちか。勝てないのか!  不意に気道が狭窄して、目がくらんだ。  部屋が回った。  喉が笛のような音をたてた。  玲爾が支え、椅子に座らせとようとしたが、立ったまま、デスクに両手をついて身体を支えた。楽な姿勢はこっちだ。  胸郭は大きく広がるけど、空気はちっとも入らない。 「吸入器は?」  ロッカーのなか。しゃがれた、つぶやき声は、みじめに途切れ途切れだ。  イラストレーターの京子さんが、更衣室から美遥のバッグを持ってきてくれた。  吸入器を口に差し込み、息を吸いながらワン・プッシュ。  気管支拡張剤の冷気が喉の奥を叩いた。  もう一度。  効かない。  禁止されてる三回目をワン・プッシュ。  さらに、もう一度。  ようやく気管支が拡がった。音をたてずに、呼吸ができた。  こめかみが、ひどく疼いた。口中が苦い。涙があふれた。  呼吸くらい誰でもやってるじゃないか。  なぜ、こんな薬に頼らなければならない。  なぜ、逃げられない。  望んでこんな身体に生まれたわけじゃない。  わたしも、りんちゃんも、あの哀れな怪獣も。  玲爾が紅茶のカップを渡してくれた。  ベルガモットが香った。アール・グレイだ。  熱い。そして、濃い。  半分ほど飲むと、口の苦味が消えた。動悸が治まった。こめかみの疼きが去った。 「これ、先生専用の紅茶ですよ」  大丈夫、普通に声は出る。 「バレやしないだろ」 「匂いでバレバレです。出がらしはポリ袋に入れて、きちんと口を結んで捨てとかないと。クラシック・リーフは高価いんです」 「あれ、高価いのか?」 「一缶でわたしの年収の五倍です。しかも、こんなに濃く。スプーンが立ちますよ」  美遥は立ち上がった。大丈夫、普通に立てる。 「どこに行く。休んでろ」 「ストレーナーを洗ってきます。目指すなら完全犯罪です」  遅かった。匂いをかぎつけた、先生の尖った声が給湯室で上がった。 「誰です、私のお茶飲んだのは?ギロチンと縛り首、どっちがお望みかな」 「ギロチンでお願いします!」美遥は叫んだ。 「わたし、マリー・アントワネットの生まれ変わりですから!」  まわりのデザイナーたちが笑った。 「悪い冗談みたいだな」玲爾が呟いた。「さっきは死ぬかと心配したのに」  わからないよね。  ちゃんと立てるのが、どれほどうれしいか。  大きな声が出せるのが、どれほどうれしいか。  どれほど、吸入器を憎んでいるか。
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