第6話 心を捕まえておく術

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第6話 心を捕まえておく術

春休みが終わり、新学期のため僕は寮に戻った。 この春休み期間中、急にはるか先生が遠い存在に感じられて、あまり自宅ではピアノの練習に身が入らなかった。 はるか先生のピアノ教室の中では、僕は一目置かれた存在で、保護者からもチヤホヤされていたし、発表会でも『やっぱりタオくん』と思われていたと思う。 全国大会に進出した数も教室内ではトップだったし、金賞を始め入賞もしてきた。 だけど、僕が教室を卒業して1年。当たり前だけど状況は一変していた。 そして、僕がまだたどり着けないような名曲にタケルくんは足を踏み出していて、はるか先生はその世界観を作り上げることに集中しているようにも感じられた。 はるか先生のことだ。きっとあのノクターンに近づけるように、タケルくんの6月のコンクールの選曲をするだろう。 先生を変わって気付いたこと。 それは、はるか先生のプロデュース力だ。 歌手でもアイドルでも、売れるのは本人の実力や努力の他に、絶対的なプロデュース力だ、と聞いたことがある。 それは、多分ピアノ教室も一緒だ。 特に、はるか先生の教室は、ピアノ教育への意識の高い保護者が集まってくる。 楽譜の読み方や演奏テクニックなどと一緒に、その子がどういう演奏者になるか見極め導いていく。 そのために今演奏すべき曲は何か。 おそらく、はるか先生はそれを計算している。ゴールを決め、そこに向かう道筋を描いているのだ。 その時に入賞できたり予選通過できたり、そういうことも大切だけど、もっと本質的に、今演奏すべき曲を選んでいる。 今振り返れば、これまで僕に選曲されてきた曲はどれも思い当たるフシばかり。 春休み期間中にお母さんにそのことを話したら、はるか先生の意外な一面を知れた。 「あの先生はね、音大在学中にまったく違う分野で起業しているらしいの。インターネットでできる仕事だから、東京にいる必要はない、ってこっちに住んでるみたいだけど。 だからビジネスマン的な感覚もあるのかもね。話していても、あんまりピアノの先生っぽくないもの。まぁ、そこが魅力ではるか先生の所にタオを連れていったんだけど」 今、そのプロデュース力をかけて全力で磨きあげているのは、きっとタケルくん。 どこを目指しているんだろう。ピアニスト?音楽大学? 僕にはピアニストは遠巻きに避けさせるようなアドバイスをして? 考えれば考えるほど、なぜはるか先生から離れてしまったんだろうと後悔ばかり感じられた。 そうしてふと、ある答えにたどり着いて背筋が凍った。 僕が物理的に離れたからでないとしたら? 先生の興味が僕の演奏ではなく、単純にタケルくんに移っているだけだとしたら? 僕の演奏をもっと聴いてもらわないと! 僕は座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がり、スマホを持ってグランドピアノのある教室に走っていった。 僕がはるか先生を繋ぎとめる術は、ピアノしかないんだ! 僕は僕というピアニストを自分でプロデュースして、はるか先生が目を離せられないくらいの存在になる。 そしたら、タケルくんも、これから出てくるであろう有能な生徒も怖くないじゃないか。 はるか先生、僕から、僕のピアノから心を離さないで!
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