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風でガタガタなる窓にはりついて、ヒロくんとぼくは空を見あげた。
「あーあ。せっかくのお泊りなのになあ」
ヒロくんがざんねんそうに言う後ろで、テレビが「台風はせい力をあげて、日本れっとうをじゅうだんし……」なんて言ってる。
庭で思い切り遊びたいのに、あぶないから家のなかで遊びなさい、なんてお母さんは言うし。
天気よほうなんてはずれちゃえ。
ふんっとテレビに背中をむけて、見あげた空はやっぱり灰色。いまにも雨がおちてきそう。庭の木の葉がばさばさゆれていて、風はちっともやみそうにない。
「あーあ。台風やだな。風やまないかなあ」
しょんぼり言うヒロくんを見ていたぼくは、はっと思いついて立ちあがる。
「アキ? どこいくんだよ」
「物置き! いいこと考えたんだ」
ヒロくんとふたり、かいだんをおりて表に出た。そろって飛び込んだうす暗い物置きのなかは、外よりもっとむし暑い空気でいっぱいだ。
たしかこのあたり、と見つけた箱をあける。
「こいのぼり……?」
「そう。こいのぼりって風を食べて空を飛ぶでしょ。だから台風の風も食べてもらおう!」
五月にかざってもらったこいのぼり。黒、赤それから青色の三匹セットからいちばん大きい黒いこいのぼりをもって庭にでる。
こいのぼり用のさおはみつからなかったから、庭でいちばん背が高い木にこいのぼりをくくりつけていく。
風をお腹にいれたこいのぼりがさっそくあばれて、やりづらい。ヒロくんにこいのぼりのしっぽをつかんでおいてもらって、そのすきにぼくが結んでいく。
最後にふたりでひもをぎゅうぎゅうにひっぱってから、家にもどった。
お母さんにばれないように、カーテンを閉めた部屋のなかで遊ぶ。ないしょを抱えてふたりで遊ぶのは、なんだかワクワクした。
いつもはすぐ飽きちゃう家のなかなのに、ときどきヒロくんと目があってくすくす笑うだけで、すごく楽しい。
夜になって、ヒロくんと布団にはいる。
だけどなんだか落ち着かなくて、ヒロくんのほうをむくと目が合った。
ふたりでそっと布団からぬけだして、そろってむかうのは庭が見下ろせる窓のとこ。
カーテンをくぐってのぞいた窓の外は、まっ暗だった。まるで夜の海みたい。ぶきみな音にあわせて、黒い影がぞわぞわゆれている。
窓のすぐ外で、こいのぼりの黒い影が風にもみくちゃにされながらばたばたとあばれている。こいのぼりはなんども木にぶつかり、ぐるんとひっくりかえった。
「ああ! こいのぼりがやられちゃう」
ぼくが悲鳴をあげたとき、ふきつける強い風を食べて、こいのぼりが葉っぱをふりおとしながらふくらんだ。かとおもうと、降りだした大粒の雨にうたれて、こいのぼりの体がしおれる。
「がんばれ、まけるな!」
「風なんて食べちゃえ!」
ヒロくんとぼくの声が聞こえたのか、こいのぼりは風をすいこんで雨をふりはらい台風のなかを泳ぐ。ふきつける雨や風に負けず、ぴんと体をのばしてくちを大きくあけ、雨粒を風ごと飲みこんでぐんとふくらむ。
どう、と強い風がふくごとにこいのぼりはぐんぐん大きくなる。ふきやまない風を手あたりしだいに食べるものだから、気づけばこいのぼりは夜空いっぱいに広がるくらいになっていた。
見あげるぼくたちのまえでこいのぼりがぶるりと体をゆする。すると、こいのぼりをくくりつけていたひもがほどけ、長い体が空にのぼった。
明かりのない空に長くのびる黒い影。舞いあがったこいのぼりが目指すのは、雲におおわれた空にぽっかりあいたまるい穴。台風の目だ。
黒い雲がうずをまく空にのびあがると、こいのぼりは大きなくちをあけてばくり、台風の目をひとのみにした。
そのとたん、長い体から黒いうろこがはがれ落ち、ばらばらと音をたてて降ってくる。そして、その下から金色にひかる龍が姿を見せた。
「すごい…こいのぼりが龍になった!」
かがやく龍は風ののこりをちぎれた雲ごとのみこんだ。夜空いっぱいの雲をあっというまに食べきると、長い体をくねらせ空にのぼっていく。
台風の目よりもっと高く、お月さまにとどきそうなくらい高くのぼり、龍はそのまま夜のむこうにすがたを消した。
あとに残ったのは、雲と風の消えた静かな月夜。雨にぬれた窓ガラスと、そこにはりついた葉っぱだけが台風の名残りだった。
まぶしくて目を開けたぼくは、ヒロくんといっしょに布団で眠っていた。いつ寝たのかふたりともおぼえていない。
だけど、顔を見合わせて叫んだことばは同じ。
「「こいのぼり!」」
あわてて部屋をでて階段をかけおりる。くつをつっかけて庭に出て、そろって空を見あげたら。
「……ない」
どこにもこいのぼりがない。結びつけた木のまわりにもとなりの家の屋根にも、あの勇敢な黒色はみつけられない。
「……ないね」
あちこち見回しても、黒いこいのぼりはどこにも見あたらない。
見えるのはきれいな青い空にぽつぽつ浮かぶ白い雲。すこし裏返った木の葉っぱが緑色につやつや光っている。やさしい風がふいて、まだぬれている木の幹をふんわりなでていく。
「台風もなくなったな!」
「ね!」
ぼくらは笑いあって、庭にかけだした。
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