魔法の目

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「誰かが見ている世界を知るのは、自分自身の感受性で自分の世界を作り上げてからでも遅くはないのではないでしょうか?なにより知識や経験が身についてる分、その人の見ていた世界の理解が広まります。」  力強い緑の瞳を輝かせて先生は、こちらを見て悪戯っぽく笑った。炎に照らされた顔に刻まれた皺には年齢を感じるが、その瞳は未来に胸を躍らせる少女のようだ。 「感受性で自分の世界を作る、ですか。なんか、いきなり何もない大海に放り出されたみたいで何をしたらいいかわからないですね。」 「大丈夫です。最初は不安かもしれませんが、手の届く範囲から少しずつ色んなものを吸収していくと、いつかは立派な舟ができます。自分の舟があればどんな大海でも航海できるんです。」  もうすっかり心の中の嵐は過ぎ去り、雲の切れ間から差し込む光が行く先を照らしているような、安心感があった。自然と決意が固まる。 「あの、ずっと先生の弟子でもいいですか?」  先生はすべてを理解していたように穏やかに笑っている。この人の見ている世界を知ることができるのは、いつになるのだろうか。 「ええ、構いませんよ。」そう言いながら先生は椅子から立ち上がり、かまどに新しい薪を焼べた。星屑のような火の粉を散らして、炎は再び強くなり室内を照らす。「魔法については教えられませんが、魔法の目についてはある程度訓練できると思います。」  ゆっくりと先生が指を指し示した部屋の隅には、炎の柔らかな明かるさに照らされて絵が飾られていた。村の周辺の景色だろうか、いずれも繊細で緻密な風景画だ。真っ青に晴れ渡る空に風に揺れる金色の麦の穂。雪を被った寒そうな雪山に渡り鳥の群れ。真っ白な花が咲き乱れる花畑に囲まれた翡翠色の穏やかな湖。雨が降りしきる青々と繁る深い森。麦の穂が揺れる音、渡り鳥の羽が空を切る音、咲き乱れる花の甘い香り、降りしきる雨の冷たさ。絵に飲み込まれるような錯覚。この作品たちは、先生が切り取った世界そのものだった。 「絵を描くには観察が必要です。それはきっと魔法の目の訓練にもなるでしょう。」 「絵、ですか?」  弟子になるとは言ったものの、絵を描くことが訓練だとは全く考えてもみなかった。驚き、思わず言葉に詰まってしまう。 「そうです。魔法使いの弟子というよりも画家の弟子といった具合ですね。」  笑いがこみ上げてくる。画家の弟子。でも部屋の隅の絵は、切り取られたものではあるが確かに先生が見ている世界がそこにあった。先生が見ている世界が見たくて弟子になったのだ。今さら迷いなどない。  先生は僕の顔を見るなり、にっこりと笑って言った。「あなたは私の初めての弟子ですから、きっととても優しくて繊細で緻密な世界を描くのでしょうね。」
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