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先生の故郷は、見渡す限りの麦畑が広がる、ひどく静かな場所だった。柔らかく冷たい風に撫でられ、収穫を待つ金色の麦の穂がさわさわと揺れる音だけが聞こえてくる。
なだらかな長い坂を登り切ると、ようやく村の入り口が見えた。簡素な石垣と細い木の棒を束ねて作られた門。この村が豊かでないことが窺い知れる。
「ありがとうございました。ここが私の故郷です。」門を見上げてぽつりと先生は言った。「長いようで短い旅でしたね。道中の護衛、とても助かりました。」
ボロボロの男物の服を着た華奢な体。杖を握る豆だらけの汚れた手。伸ばしっぱなしの痛んだ白金の髪。都で評判の天才魔術師だとは誰も思うまい。
「いえ、魔法の目を持つ天才魔術師の先生に無理を言って付いて来たのは僕ですから。」
先生はゆっくりとこちらを振り向くと、悲しさと嬉しさが入り混じったような微かな笑みを浮かべた。秋の緩やかな陽を受けて深緑色の瞳が明るく光る。
「とりあえず、長旅でとても疲れたでしょうから私の家へいらして下さい。小さなボロ屋ですけれど、母が亡くなってから近所の方に管理は任せていたので使えるはずです。」
「そうですね、都まで帰る荷物も準備したいのでお言葉に甘えてお邪魔します。」
よかった、とだけ言って先生は村の中へと先に入って行ってしまう。
この静かな村のように、先生もまたひどく寡黙な人だった。
今年の春、まだ寒さが厳しい頃にお母様を亡くし、お父様もすでに病気で亡くしていたため、先生は都での仕事を辞めて帰郷することになった。そして都から故郷の村までの護衛を募集していると噂を聞いた僕は先生と会った。
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