「悲劇R」

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 ガラガラと教室のドアを開けて次の授業の先生が入ってくる。彼はとても温厚そうな30代くらいのフレッシュな男性教師だ。  そんな彼が差し出した物と言葉に授業の開始で席についていたゆうま達は息を飲んだ。 「よし、お前達、授業を始める前に聞きたいんだが先程先生、パソコン室に用があって行った時に落とし物を拾ったんだ。確認したら前の時間に使用してたのは、お前達のクラスだったから一応聞くがこれ、違うか?」  そう言って高々と皆の前に1つの眼鏡が掲げられる。それはまさかの保奈美の老眼鏡であった。 「な、な、なにぃーーっ!?」  驚きのあまり、ゆうまに激震が走る。それは想定されうる中で最悪の事態であった。  まさかパソコン室に置き忘れられていた老眼鏡が床に落ち、それを気づかれ、先生が拾って持ってきて事実を知らぬクラスメートの面前に晒されるとは……。まさに悲劇である。  そんな状況に保奈美は、離れた席からゆうまに助けを求める目で見つめてくる。  ゆうまは思わず、隣の席である甘美に小声で話しかける。 「ど、どうする……。先生が聞いている以上取りに行かないと。多分まだ皆、眼鏡だと思ってあれが老眼鏡だとは気づいていないだろうし……」 「あ、あたし、知ーらない」 「こらぁ! 叔母のピンチじゃないか。この事実を知っているのはこの場じゃ俺と甘美だけなんだしさー」  そう言って他人のフリをして目を逸らしている甘美を見るが、中々気が進まない様子である。 「先生! それは私のかもしれません」  と突然、保奈美が席を立ち、そう言葉を発する。どうやら賭けに出たらしい。  確かにあれが老眼鏡だと気づかれていないのなら、今のうちにただの忘れ物として本人が回収するのが1番のベストである。これで正体も気づかれず仕舞いでいつものように隠し通せる。  そう安心したのも束の間であった。 「え! ほ、ホントにこれ、保奈美のか!? でもこれ老眼鏡だぞ」  その言葉を先生が発した瞬間、カチコチと保奈美は固まる。しかしそれに気づかず先生は続ける。 「うちのもうすぐ60になるおふくろが掛けてるから分かるんだ。これは40代以降から掛け始めるような老眼鏡だってこと。誰か中年の教員の物だろうと思っていたけど、まさか保奈美のな訳がなぁ~」 「あ、やっぱり違いました。私のじゃないです。すいません」  即行で保奈美は席にガタッと座る。どうやら完全に諦めたらしく、戦意喪失である。  まさか先生が普通の眼鏡でなく、老眼鏡だと見破っていたなんて……。しかもその言葉によってクラスメートにもあれが老眼鏡だとバレた今、打つ手なしか……。  そうゆうまは、考えていると「はぁー、まったく、ここはあたしが一肌脱ぐしかなさそうね」と、隣でその場を見ていた甘美が叔母のため、動き出す。 「先生、それ、もしかしたらあたしが忘れた物かもしれないです。今朝、母さんの掛けてる老眼鏡を間違えて持って来て無くしてたんで」 「そ、そうか、その手があったか!」  ゆうまは小声で感嘆の声をあげる。  親の物を間違えて持ってきたと言えば、確かに名乗り出ても怪しまれず、辻褄も合う。 「あれ? でも甘美、お前のとこの母親は確か長期出張中で、もう1年以上家に帰ってきてないんじゃ……」 「あ、やっぱりそれ、あたしのじゃないです。勘違いでした、すいません」  そう言って即行でガタッと席につく。その動きはまるで軍隊の訓練かのような素早さであった。  にしても盲点を突かれた。そういえば今、甘美のお母さんは家に居ないんだった。そのことを教員が知らないはずがない。ということは俺も、今は上京で1人暮らし中だからその手は使えない……。これでこちらのカードは無し、ゲームオーバーか……。  ゆうまは、諦めにも似た感情を覚える。 「あたし、母さんが長期出張中だったってことすっかり忘れてたわ……」  一方の甘美は、そうゆうまに言って隣で己の失敗を反省している。 「うーん。でもまだ手はあるはず、何か考えるんだ」  そう言って諦めずにゆうまは、甘美と再びコソコソ話し始めると、周りの席の事情を知らないクラスメート達が「さっきからコソコソ話してるけど、お前らどうしたんだよ」 「あの老眼鏡がどうかしたの?」 「なんでそんなに手に入れようと躍起になってるんだ」と聞いてくる。  どうやら周りも2人の必死さに何かただならぬことを感じ始めているようである。 「え? あ、べ、別に何でもないよ」  ゆうまは、誤魔化そうとするが、なおも「嘘つくなよ、何かあるんでしょ」 「さぁ、吐きなよ!」と、しつこく周りが聞いてくる。  そんな彼らに思わず、ゆうまは「じ、実はあの老眼鏡、俺が見た所によると時価数百万円の価値がありそうなブランド老眼鏡なんだよ。だからちょっと欲しくてね。アハ、アハハハ……」と、苦し紛れに適当な嘘をつく。  しかし、その誤魔化しが間違いであった。  ゆうまの言葉にクラスメート達の間には衝撃が走り、次々とその話は、人づてに先生を除く教室中へと広まっていく。 「おーい、やっぱりこのクラスの物じゃないんだなー」  そんなこともつゆ知らず、先生が最後の確認とばかりに問う。そこでゆうまは覚悟を決める。 「こうなりゃ、当たって砕けろだ。保奈美のため、先生と刺し違えてでも力ずくで奪うしかない!」 「ゆ、ゆーま!?」  甘美はそんな彼の覚悟にゴクリと息を飲む。そしてゆうまは、席から立ち上がる。 「先生……、あっ! UFO!」  そう言って窓の外を指差す。 「何!? ど、どこだ!? どこ!?」 「今だ! もらったぁーーーっ!」  先生が窓の外を見て、油断したスキを狙い、一気にゆうまは、踏み込み、老眼鏡めがけて飛び掛かる。  そのまま残り数cmという所で「させるかぁーーっ!」 みしっ! と、クラスメートのうちの1人が飛び掛かっていたゆうまを蹴り飛ばす。  そして別のクラスメートが先生の手から強引に老眼鏡を取り上げる。 「な、何すんだよ!?」  いきなりのことに取り乱すゆうま。  すると老眼鏡を手にしたクラスメートがこちらを睨みながら口を開く。 「ゆうま、お前ばっかり数百万円を手に入れようとしてズルいぞ! これは俺のもんだ!」  どうやら先程のゆうまの誤魔化しを、本気にしてしまっているらしい。人づてに嘘が大きくなってしまい、皆、虎視眈々と狙っていたようである。 「は、はぁ!? バカ、何言って……」  ゆうまが訂正しようとしたその瞬間、「いいや、それは僕の物だ!」 「違うわ、私の物よ!」 「コラーッ! 俺のだって言ってるだろ」 「あたしのよ! あたしのもんなのよーっ!」 「うちのやーっ!」 「金、金、金ぇ!」と、次々にクラスメート達が老眼鏡、めがけて飛びつき、取り合い争奪戦が始まる。 「こ、こら! やめなさい! どうしたんだ皆!?」  そんな彼らに状況の理解できない先生も巻き込まれたようで一緒に取り合っている。そんな中、さらにクラスメート達が乱闘に加わっていき、事はますます激しくなっていく。  そのうちに、ほぼ全員のクラスメート達がポコスカと殴り合い、怒号も飛び出す。  そんな醜き争いを、真実を知るゆうま、保奈美、甘美の3人はただただ傍らで見続けるしかないのであった。
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