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僕の頭の中は絵の具がマーブル模様を描くかのように混沌としていた。これからコンビニに行ってお金おろすか?いやそういうわけにもいかない。美咲ちゃんを待たせるわけにも、この色んな意味で間の悪すぎる配達員を待たせるわけにもいかない。では美咲ちゃんに借りるか?いやそれはそれで抵抗がある。何を買ったのかという話には絶対になるし、中身を知ったら美咲ちゃんは僕に幻滅してそっぽを向いてしまうかもしれない。何か方法ないか、何か……そうだ!
「あの、すみません」
「どうされました?」
「今日持ち合わせないんで、明日また持ってきてもらうことはできませんか?」
「ごーめんなさいでーきないんですよー。保管期限今日までなんでねー」
何がごーめんなさいだよ!という言葉を必死に抑える。しかも保管期限が今日までとか、そんな話を聞いたのは初めてだ。ただそんな文句を言ったところで、お金を払うか、返品するかの2択を迫られている現実は変わらないし、アレが返品となってしまったらいつ他の人に買われてしまうか分からないという厳然たる事実もある。
「わかりました。少しお待ちくださいね」
僕は男を待たせて部屋へと戻るや否や、美咲ちゃんに恥を忍んで頭を下げた。
「ごめん。明日すぐ返すから、千円貸して」
今まで20年近く生きてきた中でこんなに忸怩たる思いをしたことはない。でも、背に腹は変えられないのだ。
「うーん……しょうがないなぁ。でも今回だけだよ」
僕の困り果てた顔に同情したのか、美咲ちゃんは鞄から財布を取り出して千円札を1枚、テーブルの上に置いた。
「ホントごめん」
僕は美咲ちゃんの前で拝むように両手を合わせると、千円札を手に取って男の元へ駆け寄っていった。精算を済ませると僕は段ボール箱を受け取った。
――突っ込まれたらどうしよう?
――いや、でも『ねこのみみ』を美咲ちゃんが知らない可能性もあるぞ?
――待て待て、『ねこのみみ』を知らなくても箱の中身について訊かれる可能性はある。そのときはどうする?
――いや、初めて彼氏の家に来てそこまで普通詮索するか?
心の中にいる2人の自分が最高速で議論を戦わせながら、箱を片手にテーブルへと戻った。
「ごめんね。助かった」
笑顔をつくり体裁をとりつくろいながら美咲ちゃんへと礼の言葉を述べる。すると、
「ねえ、圭司くんってよく使うの?」
「何?」
「何って、『ねこのみみ』だよ」
チャラリ~~~~チャララララ~ラ~~ン
僕の頭の中で突如、トッカータとフーガニ短調の冒頭の音が流れた。いや違う。
「トッカータとフーガ」というよりこれはむしろ、
「鼻から牛乳」の「チャラリ~」だ。
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