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「あのさ」
不意に美咲ちゃんが口を開いた。
「どうしたの?」
「まじかるパルランテ、見てたんだ」
「う、うん」
「あれ好きだったんだよね、私も。あの最終回、覚えてる?」
僕は首を縦に振った。勿論覚えている。実はずっとルルカ達と共に動いていた生徒会長の金子が実はブラック星雲の手先だった、という内容だった。昨日の友は今日の敵。ラストバトルのシーンはひそかに金子に思いを寄せていたルルカの苦悩がありありと浮かび上がる名場面だった。
「私ね、金子君の大ファンなんだ」
「そうなの?」
僕の声が上ずっているのが自分でもわかる。
「ねぇねぇ、ちょっと見てよ。ジャーン!」
美咲ちゃんはカバンの中からポーチを取り出した。恐らくダイニングバーで美咲ちゃんが言っていた「お化粧用のポーチ」だろう。ピンクのポーチの右下に、金子の顔を模したワッペンが取り付けられている。
「確かこれって、以前まじかるパルランテとたけのこの山がコラボしていたとき、ナインマートで買ったとき限定でプレゼントされたワッペンだったよね?」
「そうなのそうなの。さすが詳しいね」
僕の問いかけに、美咲ちゃんは嬉々として答えた。
「でもポーチに取り付けちゃったら、劣化しない?」
僕は素朴な疑問をぶつけるが、美咲ちゃんは首を横に振る。
「2枚あるから大丈夫だよ。1枚はおうちで保管、もう1枚が私のお供、ってわけ」
「大好きなんだね」
僕がそう言うと、美咲ちゃんはコクリコクリと頷いた。
「だってさ、すごくかっこいいし頭も抜群に切れるしさ。女の子でもファン多かったと思うよ。ルルカちゃんとのコンビも最高だったしね」
「確かに、桂川先生めちゃくちゃカッコよく描いてたもんなぁ……」
思わず僕は言葉を漏らした。
「圭司君って全然アニメの話とかしないでしょ?だからさ、こういうコアな話しても楽しくないんじゃいかな?って思ってたから今まで話せなかったんだよね。でもこういう話ができる人だって分かってよかった」
――今までの時間は何だったんだよ……
そう脱力する僕を尻目に、美咲ちゃんは嬉々とした表情でまじかるパルランテについて語っていく。
「あ、もしかして圭司君って『桂ガチ勢』なの?」
キラキラした目を輝かせた美咲ちゃんはそう尋ねてきた。
「うん、まぁ……そうだよね。ほら、あそこの取り付け棚にあるの、桂川先生の作品に出てきたものがほとんどだよ」
僕はそう言ってさっき美咲ちゃんが見つめていた取り付け棚の方に顔を向けた。美咲ちゃんがカーテンを開けると、XXXプレジデントに出てくるイェーガーのフィギュアや、鳳凰の雛の主人公・龐統士元のイラストが描かれたクリアファイルなどがお披露目となった。
「へえ。やっぱり桂川先生の描くキャラって、いいよね」
「……そうだね」
僕は安堵のあまり二の句が継げない。
「あのさ」
イェーガーのフィギュアを見ながら美咲ちゃんが口を開く。
「何?」
「これからは変な隠しゴト、しなくていいからね。私幻滅とかそう簡単にしないから。それよりも隠しゴトをされたって事実の方が、寂しいからさ」
僕はその横顔を呆然と眺める。
「ねっ!」
美咲ちゃんは振り向いてそう念を押した。その笑顔は、僕の今まで心の中に残っていた不安と落胆を全て吹き飛ばしてくれた。
「うん、わかった。ごめんね」
僕の口から自然と詫びの言葉が出た。
「じゃあ、続き、しょう?」
「へ?」
何の続きだろう?僕は訳が分からないまま訊き返した。
「もうっ!そういうことは女の子に言わせないの!」
美咲ちゃんはちょっとだけムッとした顔をしている。僕は今までのことを思い出していた。二人でデートして、飲みに行って、家について……
あっ!
フィギュア騒動に体も心も巻き込まれて、完全に忘れていた。
「ごめん、続き、しようか」
僕は美咲ちゃんの肩に手を回す。そして2人の唇が再び重なり合った。
「ねぇ……」
「どうしたの?」
耳元で囁く美咲ちゃんに僕は問いかけた。
「金子君のことは好きだけど、圭司君のことはもっともっと大好き!」
吐息まじりの声が耳の中に響く。僕は全身に一気に熱を帯びるのを感じた。
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