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友達連れやカップルでごった返しているダイニングバーといえど、僕・圭司と美咲ちゃんが座るテーブルは2人っきりの空間。シーザーサラダを唇に運ぶ美咲ちゃんの姿を僕は思わず見つめる。
「何か、ついてる?」
美咲ちゃんは僕に問いかけてくるが、
「い、いや、何でも……」
僕は慌てて目を逸らしながらそう答えた。
「変なの」
美咲ちゃんは笑いながらそう答えた。つきあい始めて6か月経った今でも笑った顔があまりにも眩しすぎて直視できない。生まれて初めての恋愛の相手がこんなにも可愛い相手だなんて本当に僕は幸せものだなと度々思うし、なんならこれが最後の恋になってくれればいいとさえ思うことがある。
「明日の経済原論の授業、しんどいなぁ」
美咲ちゃんはそうぼやく。
「でも2限だから朝は少しゆっくりできるね。お互いに」
僕は穏やかな表情を頑張って作りながらそうなだめた。
「そうなんだけどさぁ……寺下の授業眠いんだよね」
美咲ちゃんはなおもぼやいた。
「まあそこは否定しない」
「でしょ?でしょ?」
美咲ちゃんは僕のリアクションに対し弾けるような笑顔を見せながら応えた。僕達は大学の授業の合間を縫って連絡を取り合い、週に1度休みを合わせてこうしてデートを重ねている。高校生の頃までは完全に「陰キャ」だった僕にこんな可愛い彼女ができるなんて、2年前までは思いもしなかった。たが現実は目の前にある。そしてそんな僕には胸に秘めた思いがひとつだけあった。
――美咲ちゃんと、次のステップに進みたいなぁ……
ファーストキスをしたのはつきあい始めて3か月のとき。場所は風見臨海公園だった。ピンク色に広がる夕焼けとゆっくりと回る風車、そして広大な海をバックに口づけをかわす僕と美咲ちゃん。あのときはウミネコがミャアミャアと鳴く声が2人のための喜びの歌のように聞こえた。しかしそれから2人に大きな進展はなく、誘うきっかけがつかめないでいた。いや違う。きっかけがなかったわけじゃない。前に踏み出そうとする勇気がなかった僕自身の問題だ。今日こそは、今日こそは……。
「このカシスウーロン、美味しい」
美咲ちゃんは顔を紅潮させながら、ため息交じりにそう漏らした。瞳が少しだけとろんとしている。僕はそんな美咲ちゃんの姿を眺めながら、目の前のビールを飲みほした。
「あのさ」
ビールに力を借りるように、僕は意を決して口を開く。
「どうしたの」
「明日って、僕と一緒で2限からでしょ?」
「そうだけど……」
「よかったらさ、その……泊っていかない?」
……言ってしまった。もう後に引くことはできない。
「うーん……いいよ」
「えっ?」
驚く僕を尻目に、いたずらっぽく美咲ちゃんは笑う。
「今日はたまたまお化粧用のポーチも持ってきてるから、明日大学直行でも何とかなるかな?って思ったんだよね」
「そ、そう」
僕は気の抜けたような返事をした。
「ここから電車で10分くらいだったよね?圭司君の家」
「そうだね」
僕がそう答えたとき、店員さんがゆずのシャーベットを2つ、持ってきた。
「じゃあデザート食べたら行こうよ」
美咲ちゃんはそう言いつつシャーベットにスプーンの先を伸ばす。思ったよりもスンナリと快諾してもらえてビックリする反面、僕の胸の鼓動は一気に高まってきた。準備はしてある。昨日薬局で足りない掃除道具や部屋の芳香剤と一緒に生まれて初めて『例のゴム製品』を買った。店員の女の人は他の商品とは別に紙の袋で丁寧に包んで渡してくれたが、僕はその店員さんの顔を直視できなかった。家に帰ってからは掃除もいつもより念入りにした。布団を干し、棚のほこりを丁寧に払った後掃除機を隅々にまでかけ、風呂やトイレといった水回りもゴシゴシと力を入れて行った。そのほかにも、いわゆる「そういう行為」を「致す」ときにやってはダメなこと、特に相手に不快感を与えやすいアクションについては一通りインターネットで調べ上げた。タンゴは1人では踊れないと外国で言うらしい。美咲ちゃんあっての空間であり時間なのに、美咲ちゃんを傷つけたら本末転倒だ。そのほかにもまったりしたときのために美咲ちゃんが好きそうなラブロマンス映画のDVDもレンタルビデオ店から借りてきてある。何かを忘れているような気もするが、できる準備はすべてしたつもりだ。
――失敗したらどうしよう……
――何かハプニングがあって美咲ちゃんに嫌われたらどうしよう……
脳裏に浮かんでくる根拠のない不安を頭の中で必死にかき消すように、僕は冷たいシャーベットをのどの奥へと強引に流し込んだ。
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