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「──旦那様。
さきほど物音が致しましたが。なにか御座いましたか?」
中から答えはなく、沈黙だけがある。
しかし、このまま戻るわけには行かない。
私には、この家を守るという使命があるのだから。
何事も無くとも、主の無事を確かめてから戻るのが正しい番頭の在り方であろう。
「──ご無礼を」
聞いて居る者がいなくとも、そう一言断りを入れてから、からりと障子戸を開く。
広い寝室には、真ん中に主のベッドが鎮座している。
その枕辺には眺めのよいように大きくとられた窓がある。
市岡老は眠っておられるようで、かすかな寝息が漏れ聞こえた。
──物音は、私の聞き違いだったのだろうか。
そう思って退出しようとした、その、刹那に。
上げた視線の先、大きく月明かりの差し込むその窓に、私は見てしまったのだ。
「……!!」
嗚呼、窓に……窓に……!!
──人影がはりついているのを……!!
「よう、おっさん。はよ、ここ開けて」
「二ノ宮あああああぁぁ!!」
人影はあろうことか、招かれざる隣人、二ノ宮であった。
隣人と言っても、その距離は数百メートルに及ぶ。
しかしそんな距離をものともせず、勝手に敷地内にはいりこむ、ゴキブリのような図々しく汚らわしい存在。
それが二ノ宮だった。
なぜだ。
どういうことだ。
この男の侵入を阻むために、大幅強化した警備システムだったのに。
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