日曜、夕暮れ (SS)

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秋生まれのあの人は、寂しがり屋なのに人との付き合いがお世辞にも上手いとは言えない。友達は飼い猫の『だいふく』だけで、家でも家族との会話は少ない。部屋に籠もると、VODに一人の時間を使って秋の夜長を楽しむと言う。そんな彼女と知り合ったのは、ある日曜の夕暮れだった。真っ白な毛の塊に首輪を付けて、公園を散歩しているのが彼女だった。僕が何故、そんな時間に公園にいたのかと言うと、当時交際していた女性とのデートの終わりに、立ち寄っていたのだ。とっくに相手は帰ってしまったのに、僕はぼうっとベンチに座って、行き交う人を眺めていた。 「あの……大丈夫、ですか?」 「は……?何です?」 「ごめんなさい、とても哀しげな顔をしていらしたので……大丈夫でしたら、良いんです」 僕が『哀しい顔』をしていたから、気になって話しかけたと言った。 そう言われて憤慨しても良かった。けれど、心当たりのあった僕は否定も肯定も出来ずに、足元でちょこんと座る猫へ目をやった。くりくりとした円な瞳で僕を見上げると「にゃあ」と労るように鳴いた。ここまで話したら、誰でもわかるだろうが僕はその日その女性に振られてしまったのだ。そんな話を初対面の彼女に、ペラペラと話してしまう。何も知らない相手だからこそ、簡単に言葉が流れ出て来たのだろう。調子に乗った僕は、彼女に明日もここへ来るのかを尋ねた。すると、日曜のこの時間に来ると言う。それからの一週間は、別の女性とはいえ振られたくせに、優越感が僕を支配した。 そして毎週日曜の夕暮れに、あの公園に通うようになっていた。知り合ってそれほど時間もかからずに、彼女の飼い猫の名前や好きな花の名前、仕事の話をするようになって行った。二人の関係を言葉にするなら、プラトニック・ラブと言えるだろう。今どきそんな関係あるはずないだろう……そう言う仲間もいる。けれど、僕には今の関係がひどく心地良かった。ところが冬の気配を感じる頃、彼女はパタリと姿を見せなくなってしまう。翌週も、その次の週も彼女は現れなかった。その時、僕は知る。彼女の連絡先を聞いていなかったことを……愕然とした。毎週、ここで会えることに安穏と過ごして来た自分を恨んだ。が、僕は諦めなかった。寒い季節になっていたし、風邪を引いてしまったのかもしれない。そう言い聞かせては見るけれど、次第に僕の足も遠のき、いつしか春を迎え桜の季節となっていた。街は桜色に色づき、通りを行く人々はうららに笑顔をあふれさせている。そんな世間など、何の興味も持たなかった。今日、僕はあの公園に行く。思い出の彼女との別れを決め、彼女が好きだと言っていた花をベンチに添えるのだ。その花の名は、水仙。彼女は水仙が好きだと言っていた。子どもの頃から真っ白な水仙が庭に咲き、窓から眺めていたのだと。僕は彼女の定位置の前に立ち、彼女の姿を思い描く。透き通るほどに白い肌の彼女が、僕を見上げて微笑む。膝の上へ花束を乗せてやると、綻ぶような声色で「嬉しい」と言う。そこにはいないのに、聞こえて来るようだった。春の風が彼女のもとへ運んでくれることを、ただひたすらに願い二度目の恋にさよならを告げた。
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