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弟
学校の校庭には、たくさんの人がサッカーをしたりして遊んでる。僕も遊んでいきたいけれど、我慢我慢。
いまから帰るよ。
いつものようにお母さんにメールを打って、今日も僕はまっすぐ帰ります。
『気をつけて帰ってね。
車が危ないから道路には飛び出ないこと。知らない人にはついていかないこと』
お母さんからはすぐにメールが返ってくる。僕はもうちっちゃな子どもじゃないんだから。わかってるっていつも言ってるのに、同じことを何度も言ってくるのはどうにかなんないもんなのかな。
道で拾った長い棒。今日のはとってもいい感じ。太さもあって握りやすいし、振ればびゅんって感じで詰まってる。
いい枝が見つからない日はイヤになる。すぐ折れちゃうから冒険ごっこもできないし、そうなると何もすることがなくなっちゃう。
独りで帰る道は嫌い。
1人で話していても誰も応えてくれないし。なのに時々、誰かがついてきている気配ってやつがするんだ。そんなときは首の後ろがぞわぞわする。
きっと奴らはすっごく速く動けるんだ。だって誰かがいる気がして僕が思いっきり速く後ろを向いても、すぐに隠れちゃって誰もいない。だけど誰かがいるって僕にはわかるんだ。
電信柱の裏の方。曲がり角の向こう側。そこに奴は隠れてる。怖くて身には行けないけれど。
だからいよいよ怖くなってきたら、耳に手を当てて走り出すんだ。
だけどそうすると、首から下げた家の鍵が、どこかに当たるたびちりんちりんと音を立てる。なんかそれってイヤなんだ。だってまるで僕が臆病者だと笑われているみたいだから。
おなじクラスのケンちゃんと一緒だ。僕は怖がってなんかいないのに、ケンちゃんはいつもよくわかんないことでおーげさに騒ぐんだ。大人げないやつなんだよ。
でも今日の僕は絶好調。
右手にはいままで見つけてきた中でも最強の枝があるし、何よりいまは、僕の左手をしっかりと握る手があるんだから。
いまだったら何でもできるし何でも叶う。
いまなら一緒に歌ってもいいんだ。どんな歌を歌おうか。君が知らないっていうなら、僕がつくってもいいんだよ。
一緒に冒険に出かけようか。
気をつけて。道には危険がいっぱいなんだ。だって白い線からはみ出したら下はマグマで死んじゃうし、道の途中にはいきなり飛び出してくるケルベロスだっているんだから。
ねぇ、震えてるの?
ごめんね、でも大丈夫。だって僕は繋いだこの手を離さないし、家族は絶対僕が守るから。
今日の僕は絶好調。次は二人で何しよう。
僕は嬉しくなって右手の剣をビュンビュンと振りながら歩く。だってやっと願いが叶ったんだから。
僕はお母さんに何度もお願いしていたんだ。「どうか僕にもお姉ちゃんか弟をください」ってね。
何でお姉ちゃんがいいかって?
これはゆうじ君が言ってたんだけど、お兄ちゃんはすぐに弟を殴るんだって。だから僕は優しいお姉ちゃんがいいんだ。宿題だって教えてくれるし、きっとアイスだって分けてくれる。
何で弟がいいかって?
すぐる君には妹がいるんだけど、あいつ遊びたがるくせにすぐに泣いちゃってゲームにならないからイヤなんだ。
だから僕は弟がいい。弟がいれば一緒にキャッチボールだってできるでしょ。
だからうん、やっぱり僕は弟がいい。弟と一緒に、冒険に出かけるんだ。
嬉しくってついぎゅっと強く手を握る。あれ、なんだかとっても冷たいや。
『もう家につきましたか?』
ポケットの中の携帯電話が震えて、お母さんからメールが届く。せっかくいいところだったのに。
なんだか僕はむかむかしたからメールを無視してやったんだ。
今日の僕は絶好調。
気を取り直して出発進行。いまならこの聖剣「エクスカリバー」で、どんなに硬いものも一太刀さ。
ねぇ次は何をする?
『メールを見たら返信をしなさい。心配するでしょう』
「ぶるぶるぶる」お母さんからまたメール。せっかくの楽しい気持ちが台無しだ。
よし、駆けっこでもしよう。
お兄ちゃんなんだから、弟にはいいところを見せなきゃね。僕はクラスの中でも速い方なんだ。ケンちゃんだって、僕の足には敵わない。
よしいくよ、よーいドン。
あれ、弟って結構速いんだ。
ひたひたひた
初めだけついてこれるようにゆっくり走ろうと思ったのに、後ろの手は引っ張ることなくついてくる。
ひたひたひたひたひたひたひた
全速力で走ったら僕が転びそうになっちゃった。
「♪♪♪」
立ち止まって息を整えていたら、今度は電話がかかってきた。あぁ、やっぱりお母さんだ。
「もう、なんで返信くれないの!」
電話口からすごい声。僕知ってるよ、これってヒステリーって言うんだ。
「いまどこにいるの⁉
お母さん仕事でどーしても遅くなるから、れお君がちゃんと帰れているのか心配なの。メールが届いたらちゃんと返信するって、約束したよね?
どうして守ってくれないの?」
こんなときのお母さんはマシンガンみたいにずっとしゃべって止まらない。だから僕は謝って、あとは適当に話を聞いたフリをするんだ。
「れお君独りにするのは私だってイヤなのよ。だけどそれも仕方ないの。
……
お母さんれお君が大好きなの。だから心配になると仕事に手がつかなくなっちゃうの。そうすると会社のひとにも迷惑がかかってしまうでしょ。
……
お母さんいまの仕事が終わったら、もっと早くに帰れるようになるからもうちょっと一緒に頑張ろうね」
お母さんはいつもこんな話ばっかりだ。最近なんだか、電話を切ったらため息が出ちゃうんだ。お母さんには内緒だよ。僕はぎゅっと手を握る。
……今日の僕は絶好調。だっていまは独りじゃない。手を握れば繋がっているんだ。
もうすぐ家が見えてきた。
あぁもう家に、着いちゃうね。楽しかった時間ももう終わり。なんだかちょっと寂しいや。
でも大丈夫。僕らは家族なんだから、家に帰ったら何して遊ぼう。
あれ、家の前に誰かいる。
……なんだ、ケンちゃんだ。グローブ片手にボールを上に投げて遊んでる。ケンちゃんは時々こうして待ち伏せて、にやにや笑いながら僕を好きなように振り回すんだ。
あれ、でも何かおかしいな。
帰ってきた僕たちに気がついたのに、ケンちゃんは中々近寄ってこようとしない。
ボールを握りしめたまま、青ざめた顔してこっちを見てる。
ケンちゃん一体どうしたの?
「お前それ……一体なんだよ?」
ケンちゃんが見てるのは僕じゃない。視線は僕の横を通り過ぎ、弟を見ているみたい。
紹介するね、僕の自慢の弟なんだ。今日は初めて一緒に帰ってきたんだよ。
ケンちゃんは信じられないものを見たように、目を見開き首を振る。足がじりじり後ずさっているのは何でだろう?
「いやお前、あり得ないだろ。
だってお前んち、父ちゃんいないって俺の母ちゃん言ってたぞ。家から出てっちゃったから、お前と母ちゃんの二人家族なんだって。
だから優しくしてあげましょうって」
「うわぁ」ケンちゃんはそう叫んだかと思うと、一目散に逃げてった。
おかしなことを言うケンちゃんだ。
……だけどあれ、そういえばいつ、弟が生まれてきたんだろ?
「♪♪♪」
携帯電話の音が鳴る。いつまでも出なかったから、留守番電話に切り替わった。
「ねぇれお君、さっきは言いすぎたわごめんなさい。帰ったらとびきりのご飯用意するから、楽しみにしていてください。
お父さんがいなくても、私たちだけで幸せになれるんだって証明するの。だから家族二人で一緒に頑張ろうね」
そうだ、僕に弟はいなかった。
あれ、じゃあいま僕が手を繋いでいるのはナニ?
首の後ろがぞわぞわする。
振り返り見るとそこには……
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