影と黄昏

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オレンジ色の空にゆうらりと白い雲が伸びている。 その景色に鳥が小さく影を作るのを、何とはなしに眺め、目を細めた。 「今日も練習疲れたー!」 「ね、チーム分けして対戦かと思ったら、まさかの筋トレだしさぁ」 自転車をこぎながら、少し先を行く彼女の声にいつもより若干大きな声量で返す。 風に圧されて、言葉が彼女に届かないような気がしたから。 中学生になって何となくで入った女子バスケット部。体験入部での雰囲気も良かったし、身体を動かすのも好きだったので、今となっては悪くない選択だったなと思う。 キィッ、と二台ぶんの音を立てて、それぞれの自転車が止まる。 私の家と、彼女の家への帰宅路。その分かれ道。 そこに留まって、しばらくのあいだ私達はいつも他愛ない話をする。 次の練習試合の相手とか、塾の講師の事とか、誰と誰が付き合ってるだとか、そういう些細なことを飽きもせず。 箸が転げても笑える年頃、だとかこの前担任の先生がクラス全体をそう評していたけれど、確かにくだらないことでケラケラといつまでも笑っていられるのは事実だった。 「この前さ、ネットでバズってたお菓子あったじゃん?」 「あー、明里なんか呟いてたね!」 「それそれ。売り切れる前に買っとこうと思って。何と……じゃーん!持ってきちゃいました!」 マグロの形をしたクッキー状のそれは、割ると中からストロベリーピュレが出てきて、なんとも言えずグロテスクな見た目だと話題になっていた。 新しいものにはとりあえず飛び付いておこう精神の私は、早速スーパーやコンビニをはしごしてその商品をゲットしてきた。 「マジ!?この辺に売ってたんだ?」 予想通り食いついてきた彼女の反応に、くふふ、と頬が上がってしまう。 「そ、割ってから食べてみよ!あ、写真撮ってからにする?」 SNS用に、と問えば彼女は「でもクッキー置くとこ無いしなぁ……」と首を傾けた。 「私が手のひらに乗せとくから、それで撮ればいいよ」と告げれば「じゃあお願い!」という返事の後、彼女の視線がカメラと共に私の手元に注がれて少し緊張した。 撮りながら、二人してクッキー型のマグロを割ると赤黒いベリーピュレが溢れだしてくるので、互いに「キモい!」「グロい!」とゲラゲラと笑った。 「味は……意外と悪くないね」 「それがまた見た目のエグさを際立たせてるよね、っふふ」 「なーに笑ってんの、あんだけ容赦なくマグロ粉砕しといて」 「そっちだってさっきまでさんざん笑ってたじゃん!」 そう、見た目のグロテスクさとは裏腹に、ストロベリーの甘さと酸味がさわやかに広がって、何個でも食べれそうなくらいに美味しい。 あれだけあったマグロクッキーも、部活終わりの女子中学生二人にかかれば平らげるのもあっという間だった。 そうこうしているうちに時間が経っていたのか、茜色の空の上に藍色の空が迫ってきていた。 「はぁ面白かった。笑い疲れたし、そろそろ帰ろっか」 「えー、もう帰っちゃうの?つまんない」 「そうだけどさ、どーせまた明日も会って喋るじゃん」 むくれるように頬を膨らますと、彼女の指が私の膨らんだ頬を軽く指した。ぷすっという気の抜けた音と共に空気が霧散していく。 それが可笑しくてまた笑ってしまう。 家に帰っても退屈。それもあるけど。 私は彼女と離れがたかった。 持ってきたお菓子だって、お腹が空いたから、と帰る理由を少しでも遅らせたいだけだ。 この感情の答えなんて、きっと一つしかない。 たぶんずっと言えない言葉。 「……明里?」 「あ、いや、なんか……ぼーっとしてた」 こんな夕刻を黄昏時というのだと、以前見た映画で言っていたな、とぼんやり思う。 日が陰り、相手が誰かもわからなくなる時間。 ……いっそ、わからなくなればいいのに。 そうすれば息がつまるようなこの胸の苦しさだって、無くなってくれるのに。 けれどそんな黄昏時だろうが、きっと私は彼女を認識してしまう。 ずっと見ていたから。その姿の輪郭だけで、私の胸は高鳴ってしまうのだ。 「じゃあ、また明日ね」 そう言って見送った影でさえ、好きだという気持ちを募らせていく。 ──私は彼女に、恋をしていた。
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