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今日は27日、洗髪日だ。
遊女は独特の華やかで大きな髷を結っていたため、決められた日以外は髪を洗うことが出来なかった。
頭がかゆかろうがフケが気になろうが、櫛でとかして整えるしか手はない。
なので今日は月に一度、存分に洗ってサッパリと出来る遊女にとっては楽しみな日なのだ。
まずは髪を固めてある鬢付け油を洗い流さなくてはならない。これが熱いお湯で何度洗い流してもなかなか落ちなくて大変だった。
何人もの遊女がいるので朝から大釜で大量のお湯を沸かさなければならず、営業も昼見世はお休みとなるほどの大仕事だった。
「小春さん、次どうぞ。」
若い衆に言われて風呂場へと向かった。
最上級の花魁から順に髪を洗うので、下っ端遊女の私の番になる頃にはお昼を回っていた。
この大量の油の浮いたお湯でさえ、出汁が出てて美味しそうに見えてしまうのはもう自分でもヤバいなと思った。
頭が軽くなったようなこの開放感はとても心地が良い。
髪の毛をそよそよとうちわで乾かしながら涼んでいると、何食わぬ顔をした奴がやってきた。
「おっ?髪下ろしてるなんて色っぽいじゃねえか。」
──────か、花月!?!
「小春は艶っほくて綺麗な涅色の髪してんな。」
そう言って私の髪をひとつまみすると、指の間でとくように手を滑らした。
なんか何事もなかったみたいに話しかけてきてるんだけど、先ず私に詫びろ!
この1ヶ月、私がどんな思いで過ごしてきたと思ってんの?!
言いたいことは山ほどあったのに、変わらず元気に笑っている顔を見たらなんだか胸がいっぱいになってきた。
もしかしたら恨みを買ってどっかで野垂れ死んでんじゃないかとも頭に過ぎっていたからだ。
花月がじーっと私の顔を見つめてきた。
「なんだ泣かないのか。ようやく小春の泣きっ面が拝めるかと思ったのに。」
「誰があんたの前で泣くかあ!!」
信じらんない!この無神経男が!!
本当に死んじまえば良かったんだっ!
「小春さあ、手紙くれたのは嬉しかったんだけど意味が分からん。」
は?意味が分からんてあんな最高傑作をっ……
花月が広げた紙には焼き魚や蕎麦やお団子などの拙い絵が並んでいた。
これって……私が食べた気分を少しでも味わいたくてヨダレ垂らしながら描いた絵だ……
まさかそっちを送っちゃったの?!
よりにもよって江戸一の浮世絵師にこんな落書きをっ!
「ここに描いてあるものを食わせろってことか?」
「違っ…それはっ!」
ぐぎゅるるる〜っ。
腹の虫が私の代わりに盛大に返事をした。
一気に赤面した私に花月が堪らず吹き出した。
「腹は素直だな。そっかそっかー悪かったな、ひもじい思いさせちまって。」
もう……サイアク………
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