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もぐもぐもぐもぐ……
花月のお金でこれでもかってくらい出前を頼んだ。
「良い食いっぷりだな。美味いか?」
……私、怒ってるんだけど?
ご飯を食べながらもツンケンしているのに、花月は疲れたと言って私の膝にゴロンと頭を乗っけてきた。
疲れたって…来なかった間に何をしてたんだろう。
他の女でも買って励んでたとか?
だとしたら許せないっ。
「1ヶ月間何してたの?」
「やっぱ小春の怒ってる顔はそそるねえ。」
「私は真剣に怒ってるの!楼主からいつになったら歌山様は来るんだって圧が半端なかったんだからね?!」
「まあまあそんなに怒んな。さすがに1000両ともなると今までみたいに絵だけ描いてりゃいいって訳にはいかないのさ。」
聞けば浮世絵を作る上で欠かせない優秀な彫師と摺師を一点に集めた工房なるものを作り、作業を迅速化させて大量に生産出来るようにしたらしい。
そしてその浮世絵を全国規模で販売出来るように上方を初めとした在郷商人などとの取引を成立させ、さらには歌舞伎で賑わう芝居小屋のど真ん前にも全ての品を揃えた直営店を構えたのだという。
さらにさらに大きな声では言えないが、幕府が不謹慎だと取り締まっている春画と呼ばれるエロい浮世絵も、裏で売りさばくルートを確立したとか……いや、犯罪じゃんっ。
にしても花月って凄い。絵だけでなく商売の才能にも長けていただなんて……
「集められる当てもないのに小春に会いにだけ来るなんてセコい真似は出来ねえだろ?これからは大手を振って毎日来てやるよ。」
この1ヶ月間……
約束を果たすために駆けずり回っていたんだ──────……
「……もう、来ないのかと思った……」
「ま〜だ信じてなかったのか?困った女だなあ。」
花月の惚れたという言葉に嘘偽りがないことは私にも分かってる。だからといって、身請金を払えるかどうかなんてのはまた別の次元の話だ。
きちんと目処が立ったからこそ、こうしてまた堂々と会いに来たんだ。
そんな花月の男気も分からずに、腹を立てていた自分はなんて情けないんだろう……
私の太ももを枕がわりにする花月が、下から愛おしそうに見つめてきた。
「安心しろ。俺が必ず吉原から出してやる。」
……花月………
花月が懐から小春にやると言って渡してきたのは、雲母摺や空摺といった細かな技法で緻密に描かれた浮世絵だった。
この絵の女性って、もしかして私……?
彼女は花が咲き乱れる川辺で儚げにたたずんでいた。
吉原ではない、外の世界────────……
あの大門を見る度に、生きてあそこをくぐりたいと切に願った。
この吉原はまるで蟻地獄だ。
一度ハマると抜け出すことは困難で、もがけばもがくほど深みへと落ちていく……
みんなはくるはずのない身請話に夢を馳せていたけれど、私は花魁になって地力で這い上がるしかないと思っていた。
だからこそ、あの日見た高尾姉さんのような花魁を目指して、前だけを向いて生きてきたんだ。
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