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花月の言葉が熱く胸に突き刺さる。
まさかまだ上り始めてもいない私を、上から強引に引っ張り上げてくれる人が現れるだなんて思いもしなかった。
花月に見つめられているだけで、胸にある心臓という臓物が尋常じゃない速さで脈打ってきた。
「どうした小春?」
「ちょっと…心臓からの音がうるさくて……」
花月が体を起こしてどれどれと胸に耳を押し当ててきた。
そして流れるように、唇を重ねてきた────……
「……小春ごめん。約束破ってもいいか?」
約束って、それって私の体に指一本触れないっていう方……?
てか今、口吸したよね?こないだだって散々人の体をいじくり回してきたくせにっ何を今更……
花月は私を布団へと押し倒し、耳元でささやいてきた。
「小春…返事をくれ。」
これはつまり、触れるだけでなく…最後までしようっていうお誘いなんだよね……
私は遊女なんだから手を出しても構わないのに。
そりゃ確かにあの時は花月に対して嫌悪感があったからあんな約束しちゃったけど、今はむしろ……
……良い男だなって、思い初めてるし……
耳に当たる花月の吐息が熱すぎて背中がゾクゾクしてきた。
心臓が…口から飛び出てきそうなくらい激しく高鳴る……
「……いいで、ありんすよ?」
花月の体から力が抜けて体重が重くのしかかってきた。
耳に聞こえるクカ〜っという寝息……
「……花月?」
花月は瞼を閉じて深い眠りに落ちていた。今までの疲れが相当貯まっていたらしい。
相変わらず人のことを振り回してくれやがる……
花月の重さを全身で感じながら、乱れた髪の毛を指で整えてあげた。
なんだか大きな赤ん坊みたいだ。
──────不思議な人。
普通の人なら無理だと到底諦めてしまうことでも、平気でやってのける。
こんな人を世間では“粋”な人って言うんだろうな。
朝になり大門まで花月を送っていった。
「……小春。昨日の返事、いいって言ったよな?」
「夢でも見た?私はダメってはっきり断ったよ。男だったら一度約束したことはきちんと守ってよね。」
だけどよ〜と言って花月は唇を尖らせてブウたれた。
子供みたいに拗ねる花月が可愛くて笑いそうになってしまう。
「ほら、奉公所の役人さんが呆れて見てるからもう行って。」
「分〜ったよ。また夕方くるから、待ってろよ。」
花月は私にチュッてすると、大きく手を振って大門をくぐっていった。
嘘ついてゴメンね花月……
吉原に囚われた遊女としての私ではなく、晴れて夫婦となってからの私を抱いて欲しい。
その頃にはきっと私も…花月を好きだと胸を張って言えるようになっているから──────……
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