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朝早く、兄弟がいる中で私一人だけが起こされた。
父と母と三人だけでお出かけをするなんて初めてだ。
連れてこられた町の入口には真っ黒な門が立っていて、道の両脇に並ぶどの店の屋根よりも高かった。
弓の形にそった奇妙な形のその下を、父と母に両手を繋がれながらくぐった。
私はその時、笑っていた。
お団子を食べてる時も、格子の中に並ぶ綺麗な女の人達を見た時も、稲本屋の楼主と呼ばれるおじさんに初めて会った時も、私は絶えず二コニコと笑っていた。
そうしていればあの門を、また三人でくぐれると思ったから……
でも、父と母は私を置いていった。
今日、仲之町通りを歩く私の横には花月がいる。
身請金を1000両も払ってくれた花月のおかげで、私は晴れてあの大門をくぐることが出来るのだ。
やっと…やっと私は───────……
真下を通過しようとした時、門は音を立てて崩れ出して私達の間に横たわるようにして倒れた。
地面が砂のようにサラサラと流れ始め、足元をすくわれてまっ逆さまに落ちていったところで目が覚めた。
「なんでこんな不吉な夢を……」
胸の動悸が一向に収まりそうにない。
出された朝食が全くノドを通らなかった。こんなことは初めてだ。
花月は今日、来てくれるのだろうか……
部屋で一人、夕暮れ時がくるのを手持ちぶたさで待っていると、いつもは来ない昼見世の時間に花月がフラリと現れた。
頭には血の滲んだ包帯が巻かれていた。
「その傷、どうしたのっ?!」
「……烏金の奴らに角材でやられた。傷は大したことはない。」
烏金とは高利で金を貸す業者だ。
翌朝烏が鳴くまでには返さないといけないお金といわれるほど、かなりの高金利として知られている。
花月によると昔大坂で博打をした時に負けてスッテンテンになったらしく、その時に借りた金が踏み倒したままだったらしい。
最近上方にまで進出したことで烏金にあの時の若造なのがバレてしまい、今になって取り立てにこられたのだ。
もちろんその利子は雪だるま式に膨れ上がり……
「あいつらとんでもねえ金額ふっかけてきやがった。利子だとしてもありえねえ!」
「それで……手元にはいくら残ってるの?」
花月は頭をガシガシと乱暴にかき、長い溜息の後に両手の平を真上に広げた。
「オケラだ。」
………えっ?オケラって……
……無一文?
そんな金誰が渡すかと抵抗した際に工房を無茶苦茶に壊されたらしく、再び商売を始めるだけでも一ヶ月はかかるような状況らしい。
花月はさてさてどうしたもんかと煙管を吹かしながら考え込んだ。
どんなに考えたところでたった三日で1000両なんて集められるわけがない……
楼主は私の身請をお祝いしようと宴席の準備を進め初めている。
当日になってお金がないだなんて…事情を話したところで筋が通らない。
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