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行くぞと歩き出す楼主に抗うことは出来ない。
これからは私も大勢の遊女と同じように過酷な運命が待ち受けているんだ。
こぼれた涙を拭い、楼主に付いていこうとした私の腕を、花月が掴んだ。
「その夢、俺が買ってやる。」
──────花月………?
花月はそのまま腕に力を込めると、私のことを楼主から奪うようにして引き剥がした。
「あんたしつこいぞっ!いい加減諦めっ……」
楼主の言葉を遮るように、花月は風呂敷包みを投げ渡した。
それはずしりと重く、受け取った楼主はよろけて尻もちをついた。
「大判100枚。きっちり1000両入ってる。」
1000両って…それって──────……
楼主は慌てた様子で風呂敷を解くと、金色に輝く中身を確認して驚きの声を上げた。
「……花月どうしたの…このお金?」
無一文の状態からたった数日で用意出来るだなんて有り得ない。
「な〜に。烏金に取られた金を取り返してきただけだ。」
「はあっ?!そんな危ない金っ、受け取れるかあ!!」
楼主の言う通りだ。そんなお金を持っていたら、また奪い返しに来た烏金に殺されてしまうかも知れない……
「俺をみくびんな。それは正当な報酬だ。チンチロリンのな。」
チンチロリンとはサイコロを使った賭博だ。
サイコロ三つの出目によって勝敗が決めるのだが……
花月は大坂へ帰ろうとしていた烏金の頭首を捕まえ、五番勝負の内一回でも負けたら俺の命をくれてやると言って一対一の勝負を挑んだらしい。
「それって……負けたらどうなってたの?!」
「まあバラバラにされて内蔵を薬の材料にされてたか、刀で生きたまま試し斬りされてたか、一生タダ働きってなってたんじゃねえか?」
そんな恐ろしいことを事も無げに……
勝ったんだから問題無しと、花月は歌舞伎役者のようにカッカッカッと高らかに笑った。
負けることは考えなかったのだろうか?
聞いただけでこっちは青ざめてるっていうのに……
楼主は大判100枚を一枚ずつきっちりと数え終えると、花月にニコニコと頭を下げながら若い衆を引き連れて去っていった。
私はポツンと取り残され、乾いた風がヒュるる〜っと吹き抜けた。
急展開すぎて頭が追いつかないんだけど、つまりこれは……
「さあて、帰るか奥さん。俺達の家に。」
自分で言っといて照れたのか、花月はコホンと誤魔化すような咳払いを一つした。
無理なのだと諦めた夢が目の前にある。
花月が叶えてくれた……
私、本当になれるんだ。
好きな人の、奥さんに─────────……
「安心しろ。俺が必ず小春を幸せにする。」
私に向かって両手を広げながら花月が言った。
もう、充分すぎるくらい幸せなのにっ………
胸の中へと勢いよく飛び込んだ。
吉原では決して泣くまいと決めていた。
親に売られた日も泣かなかった。どんなに辛いことがあっても、泣けば負けなのだと頑なに意地を張って生きてきた。
幼い頃から堪えてきたものが全部…涙となって後からあとから溢れてきて、声をあげて泣いた……
「やっと小春の泣きっ面が拝めたか……やっぱ可愛いな。」
花月は私が泣き止むまでずっと、ヨシヨシと抱きしめてくれていた。
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