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私のいる妓楼『稲本屋』は江戸町1丁目の表通りにあり、遊女や奉公人を合わせると百人にもなる吉原一の大見世だ。
どの妓楼にも一階には遊女達が並ぶ張見世と呼ばれる部屋があり、初めての客は通りに立って格子越しにお気に入りの遊女を見つける。
ちなみに妓楼を「店」ではなく「見世」と書くのは、格子の中の遊女を「世間」に「見せ」ることに由来しているのだという。
「小春…その膨れっ面はなんざんす?もっと葵みたいにニコニコいたしんす!」
書道の勉強中、お園さんに扇子でピシャリと手の甲を叩かれた。
隣に座っていた葵ちゃんが筆を止め、あちゃ〜と気まずそうに微笑んだ。
だって…昨日会った失礼な男のことを思い出したら未だに腹が立つんだもん……
「小春はその鼻っ柱の強いとこがいりんせん。一端の遊女になりたいんなら、好かねえことも優雅に流しておくんなんし。」
さっきから私にばかりチクチクと言ってくるお園さんは見世では鎗手と呼ばれ、私達のような遊女見習いの教育や見世の切り盛りなどが主な仕事だ。
歳は40だとか言っているけれど、絶対60は越えている……
元遊女なだけあってかバリバリの廓語を使いこなす。
廓語とは地方から来る遊女が多かったので、訛りを少しでも品よく見せるためにと覚えさせられる言葉だ。
私はどうもこの言葉遣いが苦手だ。
喋ろうとすると舌を噛みそうになる。
「葵さんに小春さん。高尾姉さんが部屋でお呼びですよ。」
そう声をかけてきたのは若い衆と呼ばれる妓楼で働く男性だ。
オーナーである楼主以外は女の園と思われがちな世界だが、意外と見世で働いている男の人は多かったりする。
そして高尾姉さんとは……
ズバり!私の憧れの人!!
私達が部屋に入ってきたのに気付いた高尾姉さんは、花が咲くようにフワッと微笑んだ。
はあ〜…今日も惚れ惚れするくらいにお綺麗だ。
何を隠そうこの高尾姉さんは、私が初めて吉原に来た時に出逢ったあの花魁だ。
まさか私の姉さんになるだなんて……
8年そばでお世話をさせてもらっているけれど、花魁道中を練り歩く姿は今でも眩し過ぎて直視出来ない。
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