第1章 巡り合い  第1話 想起

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第1章 巡り合い  第1話 想起

 夢を……見ていた。  だけどそれは、忘れられない記憶だったのかもしれない。  人々が何よりも恐れていたものは『死』であって。  それを回避する為の思考は、ブリコルールを生んだ。  つまり、ブリコラージュ……あり合わせの材料で修繕する、ブリコラージュをする者だ。  死を回避する中で、医術が及ばない絶望的状況の中で、ブリコルールが行なったものは、呪術だった。  人々はこれを呪術医と呼んだ。  ブリコルールが増えていくと、思想が分かれ、対立し、派閥が生まれた。  次第に組織化されていく中で、権力が明確になっていくと、新たに生まれるブリコルールは個人主義者だと排除された。  医術と呪術は入り混ざり、人の体は実験材料のようになっていった。  そこで死者が出たとしても、研究の為の栄誉だと、その思考は精神的支配を与えた。  いつしかそれが当たり前の世界で、異議を唱える者は段々と声を潜めていった。  人々が無惨にも実験材料となって死んでいく。  そんな状況を打破しようと、一部の者が影で動き出していた。  だけど……見つかった。  酷く苦痛で。あまりにも残酷な結末は、僕の一部になる事を拒否した。  眩しく差し込む陽の光に、自然と体が動き出す。  目を開けた僕は、ゆっくりと体を起こして、辺りを見渡した。  畳の上に敷かれた布団。僕は、その上で浴衣姿で寝ていた。  開かれた大きな窓から、整えられた庭の様子が窺える。  静けさの中に、一定の間隔をあけて、添水(そうず)の音が聞こえた。  その音に導かれるように、僕は縁台から庭へと下りる。  裸足で踏む砂利にバランスを取られないように、ゆっくりと歩を進める僕は、一人の男の姿を見つけた。  着流し姿。白髪の長い髪。それでいて年齢は、僕とそうは変わらない、二十代半ばといったところだろうか。  腕を組んで少し遠くを眺めているその様子に、独特の雰囲気が漂っている。  知らない場所にいる事も、知らない人がいる事にも、不思議と恐怖心はなかった。  緑豊かな落ち着いた庭園に佇む、彼の凛とした姿に目が惹きつけられる。  僕が目を覚ましてから、三度目の添水の音が響いたと同時に、彼が僕を振り向いた。  向けられた瞳に、ドキッとする。  ……蒼い……瞳……。  冷たくも、何処か憂いが見えるその瞳は、僕を見るとゆっくりと瞬きをした。  「目が……覚めましたか」  「え……あ……はい……あの……」  聞きたい事がありすぎて、何から聞いていいのか分からず、口籠る僕に彼が近づいてくる。  僕の前に立った彼は、静かに笑みを見せると、組んでいた腕を下ろした。  そして再度、僕に目線を向ける彼は、僕の目をじっと見つめて、こう答えた。  「お目にかかれて光栄です。精霊使いの継承者……やっと巡り会えました」  彼が言う言葉が理解出来ない僕は、ただ驚いて彼を見ていた。  「精霊使いの……継承者……?」  少し間を置いて、彼の言葉を繰り返した僕。  ……どういう事……?  訳が分からず、後の言葉が出ない僕に、彼はクスリと笑った。  静かなその笑みは、僕への興味を示している。  少し頭の中が混乱する僕に、彼は手をそっと差し伸べた。  「こちらへ」  「あ……」  彼の手を取ろうとした瞬間に、彼が僕の腕をグッと掴んで引き寄せると、隣に立たせた。  一瞬、フワリと体が浮いた。片手だけで軽々と僕を引き寄せた事に、驚きが増した。  ……この人…… 一体……。  彼を不思議そうな顔でじっと見る僕。  彼は、またクスリと笑みを見せると、前方をそっと指差した。  その指の動きに僕が目線を動かすと、目の前に池があった。  鏡のように景色を映すその池に、僕の姿が浮かんだ。  「え……」  それは。無惨で残酷な。  僕の記憶……。  地に転がる人々の体は二度と動く事はない。  絶望と諦め。  悔しさと苦しみ。  死を目前に抱えた苦痛は、全ての動きを止めた。  痛みを感じる事も。苦しいと吐き出す呼吸も。  全て。全て。  その手に掴む力さえ失わせた。  踏みつけられた頭。降りかかる言葉が心を壊した。  『……なんだ……これもハズレか。残念だな』  僕の鼓動が速くなる。  乱れた呼吸に体が震え始め、ペタリとその場に座り込んだ。  「あ……ああ……」  僕は、頭を抱えた。  「……嫌だ……見たくない……」  頭を抱えたまま、震えの止まらない僕に、彼の静かで落ち着いた声がゆっくりと流れる。  「……その昔……死を目前に精霊を呼び寄せ、その力で死を回避した者がいました。ある呪術的思考が、それを生んだのです。人の力以上のもの……つまり奇跡を生む……と」  「……奇跡……」  僕は、頭を抱えたまま、彼へと視線を向けた。  彼は、真っ直ぐに池を見つめていたが、その池へと掌をそっと向けた。  パシャッと水が弾ける音に、僕は池へと視線を戻す。  彼の指がスッと動くと、池の水がブワッと噴き上がった。  「わっ……!」  空へと縦に伸びた水が、鏡のように辺り全体を映し、その中で今の僕の姿をはっきりと捉えるように映し出した。  僕は、映し出された自分の姿をじっと見つめた。  ……僕……。  「お気づきになられましたか」  僕は、彼の言葉に反応するように立ち上がった。  あの時の僕の姿が脳裏を過ぎった。  地に倒れた僕は。  傷だらけで、血塗れで。  指を動かす僅かな力も残ってなどいなかった。  なのに今の僕は……。  傷一つ……ない。
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