喫茶店オフィス、開店

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喫茶店オフィス、開店

私の事を一言で表現するのなら「平均」なんだろうな、と思う。これは哲学科の学生特有のアレコレ、とかではない。多分。きっと。  悲しいかな、私のデータで突出するような項目が内外問わず何もないというのは純然たる事実だ。今も昔も変わらずクラスの真ん中あたりをさ迷う身長、体重、体力テストに生活態度、そして、成績。得意苦手はもちろんあったものの、それでも飛び抜けた落差がある訳でもないなだらかな丘陵状の成績表。そんな感じの成績でこの"王種(おうしゅ)大学"に挑むのは実は結構な冒険だった。私がこの大学を選んだのは単にかつて兄が在籍していた大学だったからだ。兄は私と違い真面目で頭は優秀だったがやっぱり名前をよくネタにされ、たびたび憤慨していた。だが取り分け大学生活は充実しているような素振りを見せており、私は少なからず兄の通う"大学"という存在が気になっていた。でもオツムの出来は違いますし、なんて半ば白旗宣言をあげて過ごしていたのだが、高校での進路ガイダンスにて進路指導の一言により私のスイッチは完全に切り替わる。  「大学は『人類の坩堝(るつぼ)』いわばサラダボウルだ。これまで以上の他人と出会うことになるだろうが大学のレベルによって相手のレベルも大体決まる」  ……それはつまり、『良い大学なら良い人間が、もっと言えば"真っ当な人間"がいる』と……?  別に今の人間関係が異常だとは言わない。仲良くしてくれている友人はいるし、クラスでいじめられているということもない。教師は大して興味がないがそれは向こうも同じだろう。      取り立てた問題はない、ただ、少し、息苦しい。      これが今の私の人間関係、ひいては私の感想だった。高校生の反抗期、思春期、自我の目覚めに中二病、何でもいい。ただ私には"合わない"と感じる、漠然とした違和感。この感覚が少しでも軽くなるのなら。  ──王種大学、受けてみるかな。        ▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽        それから3年、私は今、本屋にいます。    いや現実逃避とかじゃないからただの資料探しを兼ねた気分転換とかそんなのであって決して現実から目を背けたりはしてないから多分きっと。"倍率が低いから"と選んだことが仇となり同期に哲学を専攻する人はほとんどおらず、しかも"哲学専攻の奴は変人がほとんどだから関わらない方が良い"などという御触れが代々脈々と出されているらしいことをつい先日の資料室で知った。何て失礼な。そういう大事なことはもっと早く知れ渡るべきだろう。特に専攻科目選択の期限日前とか。そりゃやけに倍率が低い訳ですよ……その時に(盗み)聞いた話では数年前の哲学科にとんでもない"活字中毒"の変人がいたらしい。噂ではコーヒー以外を口にしているところを誰も見たことがなく、『アイツはコーヒーと本を消化して生きてる』とまで言われたとか。そんな学校の七不思議的伝説の変人がいたのにうちの大学にめぼしい資料などがなかった。何故……  人員減少によるスペース削減のあおりか、それとも活字中毒(ジャンキー)の消化の成れの果てか。いずれにしても被害を受けている後輩に恵みはないのか全く、えーっと、ニーチェ、ニー……    「「あ」」    個人営業の小さな書店。うっすら埃すら被っているような哲学書を巡る、少女漫画の王道展開。    「すみません、気付かなくて」  「い、いえ、こちらこそ」  「…あの、もしかして」  「はい?」  「王種大学の学生さんですか?もっと言えば…哲学専攻の」  「えっ!?何で……」  「その反応、やっぱり!」      「嬉しいですよ、"後輩"さん。何処までも奥深い哲学の世界へようこそ!」      綺麗に微笑むその人は、紙とインクと洗剤と、それからコーヒーの匂いがした。
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