不始末

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「お前のことなんか初めから大嫌いだった。どう? 少しは感じた? すべてを壊される、僕の気持ち」  お互いの汗が化粧を徐々に崩し、起き上がった時に僕のウィッグがゆっくりとベッドに落ちる。その「素顔」に恭人ははじめて僕という存在を認識したようだった。 「……ダンゴムシ」  恐怖にひきつったように顔をしかめ、これまでの出来事をすべて反省したような顔になった恭人に、僕の心は一瞬浄化させたように澄みわたった。そして恭人は僕の体から手を放し、 「出てってくれ」 と小さく言い放った。 復讐は終わった。もうここにくることもない。そう思った僕の胸に飛び込んできたのは、どこにもやり場のない虚しさと冷たさだった。まるで潮がひくように体中の熱はさめていき、途端に女装までしている自分の姿が恥ずかしくなった。 「悪かった。本当に」  恭人は口から煙草の匂いをさせながらそう言った。僕はおもむろにベッドから起き上がると、なぜだかわからないが、保険でもかけるように彼にこう言った。 「もう会うつもりはないけど、もし会いたくなったら、またここに来るね」  恭人はしばらく返事をしなかった。「駄目だ」とも、「合鍵を返せ」とも言わなかった。ただ僕が玄関で靴を履いている時に、 「ああ」 と小さく、安堵したように言った。その言葉を聞いて、僕はまた近いうちにこの家に、恭人のもとに来るだろうと確信をした。
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