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「……いつもいますよね?」
今度は彼の方からこう言った。なるべく口を動かさないようにして、喉から出したであろう声は掠れていた。
「ええ、そちらも」
「アメスピっすか?」
彼は黒目を微かに動かして手元を見た。興味があるのは煙草の銘柄だけではないように思えた。
「そうです」
「何回生ですか?」
「3年です」
「一緒っすね。文学部っすか?」
「うん、哲学科です」
「哲学っすか、俺は日本語表現です」
彼の重い瞳とは裏腹に、口は途端に饒舌になった。しかし口元は省エネで、相変わらず声は掠れている。この時、お互いが似た者同士であることを煙の中で察した。彼は腰を曲げてシケモクを灰皿に落とすと、ハイライトの箱から二本目を取りだして口にくわえる。
「近代文学史、いつもいない人?」
彼が火をつけて間もなく、こう尋ねてみた。いつもは4限目にある近代文学史でいつも欠席扱いの学生がいる。先生の、またアイツか、とあきれている姿になんとなく彼の姿が重なった。文学部の必修科目なので、哲学科も日本語表現学科も受けなくてはならない。
「うん、なんでわかったの?」
彼は予想通り驚いた。それで煙草をふかしてしまい、玉手箱のように白い煙が舞い上がった。
「なんとなく。でも名前は有名人だから。汐留くんだっけ?」
「そうか。うん、汐留恭人。君は?」
「秤屋琴」
この時、嘘の名前を言った。恭人はそれを怪しいとは思わなかった。
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