不始末

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 やがてその暗闇が僕の全てになる。実際に暗闇の中にいると目がその明るさに慣れることがあるが、不思議なことに恭人の暴力がひどくなるにつれて、彼に対する恐怖心は麻痺していった。だから僕は恭人に暴力を振るわれる時、腕や足で抵抗することをやめた。彼はそれを面白がって、丸まった僕の背中をよく蹴り飛ばした。 「おい、ダンゴムシ! いつまで丸まってんだ!」  恭人は地面に倒れて丸くなった僕を「ダンゴムシ」と呼んだ。背中はお腹と違い内蔵へのダメージが少なく、痣も外からは見つけにくかったので恭人にとって最も蹴りやすい部位だったのだろう。僕は恭人の気が収まるか飽きるまで、背中を丸めて耐え続けた。手を差し伸べる同級生はおらず、恭人たちがいなくなったあと、死にかけの老人のようにとぼとぼと家に帰ることも多かった。 一体、僕の存在は何なのだろう。恭人にいじめのターゲットにされてから僕は学校の中で完全に孤立した。絶対的ないじめっ子である恭人を諫めるような勇気のある生徒なんていなかったし、無口で大人しい僕をわざわざ助けようとする生徒もいなかった。僕という存在は恭人によって暴力を振るわれ、パシリにされている時のみ、みんなの前に現れるような気さえした。そんなことをぼんやり考えながら迎えた5年生の3月、突然この関係にピリオドが打たれることになる。  転校、それも県外に。その言葉を母から聞いた時、やっと恭人から解放されるのだと僕はまず深く安堵した。両親は、あと一年で小学校卒業というこのタイミングで転校しなければならない僕のことを案じて申し訳そうにしていたが、僕はこの学校に思い入れなんてなかったし、生徒も先生もただ背景の一部と化す黒子のような存在だったのでその心配は無用だった。むしろ新しい学校でうまくやっていけるのだろうか。そっちの方が不安だった。
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