幸せな不毛

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 不毛とは、すら生えないということだ。  人間は、たとえそれがいかに小さく取るに足らないことだろうが、行動するたびに何かを期待する。毛くらい、生えるんじゃないかと。  例えばこうだ。  私は今お産ラッシュで荒れた準夜勤を終え、ボロ雑巾と化した体に電子タバコのニコチンを供給しつつ、自宅で夜食のアイスを食している。決して高くない、極々無難なバニラ味のアイスバーだ。  この古臭い味がホッとするというか、妙に気に入っていて、冷凍庫に一年中ストックしてある。  安っぽいバニラのとろりとした甘さと冷たい刺激が舌を這うたびに、私はそろそろか、そろそろかと期待する。  あたりの確率は極めて僅少で、どうせ「ハズレ」だとどこかで分かっているのに、その棒に茶色く刻印された「アタリ」が出てくることを、もうかれこれ20年は期待し続けているのだ。  何の生産性もない、出口もない。仄暗い虚しさで満たされたトンネルをひたすら歩く。永久凍土の如き荒地に小さな種を撒き続ける。  10年来の親友が、キンと冷え切った真冬の深夜、アパートのチャイムをけたたましく連打する。私はハズレ棒を三角コーナーに放り込み、深い深いため息を吐く。 「真理愛、うるさい。今何時だと思ってんの?」 「いた! 聞いて玲! 玲、玲、れいー!!」  結局私は懲りもせず、鼻を真っ赤に染めてみゃんみゃん鳴く彼女を部屋へと招き入れる。  不毛とは、こういうことだ。
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