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✩.*˚
「…というわけなんだよね」
「他人事だな…
陛下との約束をそんなに軽々しく扱うのはどうかと思うぞ」
僕の話を聞いていたルイは呆れたような感想と一緒にため息を漏らした。
アンバーが座学の先生なら、ルイは実習の先生だ。
彼自身戦士であり、この国で唯一軍隊と呼べるアンバーの親衛隊の隊長でもある。
本来なら戦って攻略すべき相手だが、僕は先生としても友人としても彼のことが気に入っていた。
真面目で信頼できる人柄だし、何より面倒見が良い。
「ルイの部族の珍しい食べ物って何があるの?」
「私は参考ならんぞ。リュヴァン族は食にはこだわらないからな」と、彼は僕の質問を一蹴した。
まぁ、その見た目だから分かるけどさ…
そう思いながらルイの顔を盗み見る。
屈強な男の人の体の上に乗った狼の頭…
腰の辺りには人間が進化の過程で無駄と省いた存在が残っていて、時折生き物のように動いていた。
そう。彼は人間から狼男と呼ばれる存在だ。
狼男って言うと、どうしても恐ろしげな存在という悪役のイメージがあるが、彼にはそのイメージは当てはまらない。
口からはみ出ただらりと垂れた舌は犬っぽくて愛嬌がある。よく動く耳や尾は表情からは読み取れない感情を教えてくれる。
口から覗く牙は狼のそれだし、身体は大きくて筋肉を隠すようにみっしりと生えた毛は人間とはかけ離れているが、そんなの僕らの友情には関係のない話だ。
そんなことより、今は食文化の情報収集中である…
「リュヴァン族の食事ってだいぶシンプルだもんね。大体、シンプルな肉食べてる感じ」
「まぁ、間違いではないがな…肉は新しいなら生でも食べれるし、毒性のある植物以外は食べられる。ほぼお前の食事と変わらないが、生の玉ねぎやニンニクは好まないな…香辛料も苦手だ」
「そうなの?」
「私は葉物の野菜は好んで食べるぞ。食感が好きだ」と、彼は僕の知らない情報をサービスしてくれた。
あぁ…そういえば野菜好きな犬とかいるもんな…
まぁ、嗜好なんて人それぞれだもんな…
「ヴォイテクは何でも食べるが、彼は嗜好品が好きだな。私に相談するより、ヴォイテクに話を訊いたほうがいいんじゃないか?」
「そうなの?熊って蜂蜜好きなイメージしか無い」
ヴォイテクはフィエン族の獣人で、見た目はそのまんま熊である。見た目はマスコットみたいだが、ルイが一番信頼を置いている部下だ。見た目からは分からないが、かなりの高齢らしく、親衛隊の中では一番の古参らしい。
「蜂蜜か…確かに甘い物は好きだったはずだな。他にも麦酒や臭いの強いものも好きだったはずだ」
「それなら彼にも後で話し聞こうかな」
ルイのアドバイスに相槌を打っていると、少し離れたところからこちらに歩いてくる友人に気づいた。
「二人で何の話ですか?」と気さくに声をかけてきたのは、これまたルイと同じく狼男のシャルルだ。彼はルイの従兄弟だそうで、ルイと同じくリュヴァン族の戦士だが、ルイに比べると少しシャープな印象で、毛並みも少し違う。
蒼い毛並みはルイのものより少し長く、巻いていて優雅な印象だ。
彼は何か口に入れているのか、口をもぐもぐさせている。
「陛下からの宿題だと…」とルイが答えるとシャルルは「なるほど」と理解したような返事をして頷いた。
彼は《宿題》には興味無いようだ。でも僕には彼の口の中に興味がある。
「ねぇ、何食べてるの?」と《宿題》のネタになりそうな気がしてシャルルに訊ねた。僕の質問に、彼は意外な食べ物の名前を口にした。
「歯がむず痒いので《ガム》を食べてるんです。行儀悪くてすみませんね」
「え?《ガム》?」確かに、そう言われればそんな感じの動作をしている。
僕が《ガム》という単語に反応したのが意外だったのか、キョトンとした様子でシャルルがルイを見た。
「人間も《ガム》を食べるんですか?」
「無理だろ?あんな貧相な顎で…」と、ルイには何やら馬鹿にされてたが、《ガム》ってあの《ガム》だろ?
「僕の世界にも《ガム》はあるよ。嗜好品だ。暇つぶしみたいに食べたり、歯をキレイにする目的なんかもあるよ」
「そうなんですか?そう聞くと同じもののようですね?人も食べるなんて何か意外ですね?」
そんなに不思議がるようなことかな?
そう思っていると、シャルルは巾着から何か取り出して、二つに折るとルイと僕に分けてくれた。
礼を言って受け取ったが、受け取った物を見て目が点になった。
「…何、これ?」
受け取った物をいろんな角度で見てみるが、僕の知っている《ガム》じゃない。いや…確かに《ガム》なのかも…?
白い少しねじれた板状の固形物。臭いは少し生臭い干し肉みたいな臭いがする…
これってお菓子売り場のやつじゃなくてペットショップのほうの…
ルイに視線を向けると、彼は既にもぐもぐしていた。
やっぱりここは異世界だ…
「《ガム》ですよ。人間も干した牛の筋を食べるなんて意外でした。これは結構手間をかけて作られているものですので歯ごたえは抜群ですよ」
「うむ。なかなか良いものだな。味も良い。しっかり肉の味がするな」
《ガム》を食べるルイはご満悦のようだ。
いや…せっかくもらったし…もしかしたら実はものすごく美味しいのかも。ビーフジャーキみたいな?
自己暗示をかけながら《ガム》の一部を折って小さい方を口に運んだ。
…うん…何か思ってた通り過ぎて笑える…
かくして僕のレポート第一号は《リュヴァン族のガム》となりました…
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