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「一人で大丈夫かね?」と言うアンバーの問いかけに、ベティは余裕そうに返事を返した。
「剛山羊より楽な獲物です。ミツル様をお願いします」
「承知した」
《カラカラ》の女王をベティに任せて、アンバーは何やら呟くと彼を中心に地面に魔法陣が広がった。うっすらとした膜のようなドームが頭上に完成する。
「この中なら安全だ」とアンバーが言っていることから、この魔法陣は結界のような役割を持っているようだ。
トカゲと戦っているはずのベティに視線を向けると、彼女は持ち前に身体能力でトカゲの口から放たれるビームのようなものを躱していた。
彼女はトカゲの攻撃を躱しながら接近すると手に持っていた何かを投げた。
「ガー!」と怒り狂ったように《カラカラ》の女王が吠えた。
よく見ると、女王は後ろ足を軸に動けなくなっていた。ベティが投げたのはこれだろうか?
「魔獣の捕獲用に用意した固定剤だ」
「固定剤?」
「うむ。粘度のある植物のエキスに麻痺効果を付与した魔法道具だ。元々はエルフたちが貴重な生き物を傷つけずに捕らえる目的で使用する道具だが、これは私が改良を加えた最新版だ」
自作の魔法道具を自慢するアンバーは得意げだ。
そんな話をしている間に、ベティは《カラカラ》の女王を戦闘不能にして戻ってきた。
さすが仕事が早い。この位はベティにとって朝飯前といったところみたいだ。
「お疲れ様。卵は採れそうかね?」
アンバーの問いかけにベティは大きく頷いた。
「地上を目指していたのでおそらく産卵前と見受けられます」
「ふむ。なら卵を産むまで少し待とうか?」と言って、アンバーは心做しかいつもより眼窩の奥で光る視線を輝かせながら《カラカラ》に歩み寄った。
「ふふ。魔石を食べた個体とは興味深いね。持ち帰りたいくらいだ」
そう言いながら女王を観察するアンバーは楽しそうだ。
メジャーのようなものを取り出して大きさを計ったり、何かをメモしたりと珍しい《カラカラ》の女王を堪能している姿はちょっと異様だ。
終いには洞窟の奥に入って行って女王のものと思われる糞を拾ってきた…しかも異様にテンション高い…
「これはすごいぞ!小さいが希少な《竜結晶》だ!しかも魔石を凝縮した滅多にお目にかかれない珍品だ!」
うんこから出てきた物を喜ぶとかマジか…正直、引くわ…
でも、世界一高いコーヒー豆と言われる《コピ・ルアック》もジャコウネコの糞から採取するからそういうものなのかも、と無理やり自分を納得させた。
それからそのまま半日くらいテンションの高い魔王に連れられて洞窟探検して、魔石の鉱脈まで発見できた。
クタクタになって戻ってきた頃には《カラカラ》の女王は卵を産んでいた。
鶏の卵より少し大きいくらいの大きさだが、爬虫類の卵らしく、薬のカプセルのような形状で少し細長い。
とりあえずミッション成功だ。
《カラカラ》を捕獲した第一功労者は垂涎ものの顔で卵を眺めていた。
とりあえず女王の産んだ七個のうち二個の卵を頂戴して女王を逃がした。
残された卵はすぐにオスが集まってきて、咥えてどこかに持って行った。そういう習性らしい。
僕らも城に帰って、ワクワクしながら早速卵を割ってみた。
「…あれ?」
出てきた卵を見て首を傾げた。
ベティの話では深い緑のはずの卵は普通の色をしていた。むしろちょっと赤みが強い印象で、緑要素はどこにも無かった。
「変ですね?《エメラルド・エッグ》じゃないですね?」とベティも首を傾げていた。
持ち帰ったもうひとつの卵も同じ色だ。
緑の卵が見れると思っていただけになんだか拍子抜けしてしまった。
「特殊な個体だったから、卵の黄身の色が変わったんじゃないか?こういうこともあるんだな…」というアンバーの話だが、これはこれでなんか釈然としない…
結局卵は僕の晩御飯になった。
確かにまったりとして甘くコクがあったが、まぁ、卵だ…
こういうところは常識通りなんだなぁ、などと少しだけガッカリして、《カラカラの女王の卵》のレポートを書くことになった。
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