ジャンクフード

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✩.*˚ 《カラカラの卵》から少しずつだが順調にレポートは進んでいた。 僕の周りがアンバーの宿題を知って自分から申し出てくれたからだ。 アンバーの城だけでも色々な魔族が住んでいる。 「お父様も面白い宿題を思いついたものね」 穏やかに微笑みながら彼女はハーブティーを優雅な手つきで口元に運んだ。 ウィオラに招待されて部屋を訪れたが、彼女の部屋はこの城の中でも特に不思議な空間だ。 ウィオラの部屋は開放感があり、庭に面していて緑を感じられる仕様になっている。彼女がストレス無く過ごせるようにというアンバーの配慮だ。 蔦の這う緑の屋根にはところどころ隙間があり、差し込む木漏れ日は自然の温もりを感じる。 風が緑の隙間を通るたびに、床に敷かれたタイルの上を揺れる木漏れ日はまるで踊っているみたいだ。 「…ふぇ」 ウィオラの傍らに置かれた揺りかごから小さな声が漏れた。 「あら?お目覚めかしら?」と笑って、ウィオラはカップをソーサーに戻して、揺りかごの中でモゾモゾと動きだした娘を抱き上げた。 「ルキア。おはよう」と彼女の抱いた赤ん坊に声を掛けると、赤ん坊は僕の声に反応して視線を向けた。 「ふふ。ルキアったら。大好きなミツル様に抱っこしてほしいの?」と、ウィオラは愛娘をあやしながら話しかけている。 幸せそうな風景だが、僕にはこの二人に少し負い目がある… 本当なら、この幸せな風景の中にはルキアの父親・ステファノの姿があるはずだった。 ここに彼がいないのはもう彼がこの世の住人では無いからだ。 ルキアが生まれる直前に、彼女らがいた集落を襲った人間に殺された。 ひどい話だが、アーケイイックに存在する希少生物や魔族を捕まえて商売する連中がいるらしい。そういう人間は《略奪者》という総称で呼ばれている。それもあって、最初は僕も歓迎されなかった。 アンバーも対策をしているが、広大なアーケイイック領内全部をカバーするには至ってないから、人間とはイタチごっこになっているらしい。 彼女らみたいな人間の被害者をこれ以上増やしたくなくて、僕は《勇者》になるって決めたんだ。具体的にできることはまだ無いけど、僕はこの国で《勇者》としてできることを探している。 僕にそう思わせてくれたのは、一番大切な人を失って辛かったはずのウィオラで、決意させてくれたのは命の重さを教えてくれたルキアだ。 僕はあのとき抱いた新生児の温もりと重さを一生忘れないだろう。 「ルキアを抱いてもらえますか?」と頼まれて、ウィオラからルキアを受け取った。 初めて抱っこしたときより重くなって、よく動くようになっていた。 エルフの寿命も種族によって異なるが、子供は総じて成長が早いらしい。個人差はあるものの、だいたい人間の二歳から三歳くらいまでは成長速度は同じくらいで、その後は少しずつ成長速度がゆっくりになるそうだ。 「ちょっと大きくなったね」と僕が抱いた感想を伝えるとウィオラは嬉しそうに娘の成長を自慢してくれた。 「もう離乳食を食べるようになったんですよ。まだお乳も欲しがりますが、少しずつ美味しいものを覚えていると途中です。ミツル様と一緒ですね」 「そっかー。一緒に頑張ろうね」 「そうだ。お父様からの宿題にルキアの離乳食もいかがですか?」 そう言ってウィオラは少しだけ席を立った。 戻ってきた時にいくつかのお皿の乗ったお盆を持っていた。 お盆を覗き込むとルキアが「きゃー」と可愛い声を上げた。ご飯が食べれると思ったようだ。 「結構色々あるんだね」 お盆に並んだ小皿にはペースト状の離乳食が並んでいた。それぞれ違うものみたいだが、六皿くらいはある。 「これは芋のペーストです。それでこっちがカボチャのペースト。カブを炊いたペースト。魚のすり身。おやつ用の桃のペースト。ムギツバメの巣をふやかしたものです」 「ムギツバメ?」初めて聞く単語だ。ツバメの巣って中華料理のアレみたいな? 「あら?初めて聞く名前ですか? アーケイイックに生息する鳥で、ツバメに似てますが全く別の種類の鳥です。 断崖などに子育て用の穀物を食んで作った巣を作ります。子育ての他に越冬するための保存食としても使われます。親は巣を持たずに川原の葦で寝泊まりするんですよ。 栄養価が高いので、私たちも赤ん坊の離乳食に少しだけ頂戴しています」 「へぇ、そうなんだ」 「あぶぶ」と僕の腕の中でお腹を空かせたルキアがご飯を要求した。 「あ、ごめんね、ルキア。何が良いかな?」 「ふやかしたツバメの巣にペーストを付けて食べさせてあげてください」とウィオラに教えられながら、芋のペーストを付けた離乳食をルキアの口に運んだ。 なかなか食いつきが良い。あーんして待っている顔は期待の眼差しでキラキラしている。 これは大きくなるわ。 ルキアの見事な食いっぷりを見て、僕はそう確信して笑った。
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