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ベティがお茶を用意してくれるのを待ってからペトラが子供たちからのプレゼントをお披露目してくれた。
「じゃーん!《フラウトゥ・ルップス》です!」
「へぇ!どれどれ?」
可愛く紹介された外国のお菓子みたいな名前に期待が膨らむ。椅子から腰を浮かせてかごの中を覗き込んだ。
それを目で見た瞬間、僕の脳みそは思考をするのを止めた。脳がそれが何なのか理解するのを拒否したのだろう。
これ冗談?もしかして僕、彼女にからかわれてる?壮大なドッキリ?
そんな考えが頭の中をぐるぐると巡るが、僕の絶望とは対象的に、ペトラは演技とは思えないキラキラした目で嬉しそうに《フラウトゥ・ルップス》について語った。
「すごいですよね!プリプリで美味しそう!こんなに大きいのなかなか手に入らないんですよ!しっかり冷やしたので今なら食べ頃です」
わぁー、今のペトラの表情すっごく可愛い…僕はもうこれでお腹いっぱいです…
この場に子供たちがいなくて良かった…だって、これ…
「む…虫だよね?」僕の絞り出した言葉にペトラは少し驚いた顔をして固まった。
あれ?もしかして僕の勘違い?まさかなんか目の錯覚でそういうふうに見えたとか?
彼女の驚いた表情を見て、そんな淡い期待が湧いたが、やっぱりここは異世界だった…
「そうですけど?」
そうですけど?!嘘やん!それだけ?!
疑いは確信に変わり、絶望が坂道を転げ落ちて加速する。
「早く食べないと味が落ちちゃいますよ。
あ、もしかして、初めて食べるから食べ方わからないですか?」
気遣いの方向が斜め上だ…
ドン引いている僕にそう言って、ペトラはかごの中に入っていたイモムシを指で摘んで手のひらに乗せた。
《フラウトゥ・ルップス》の見た目は淡い蛍光緑でマスカットみたいな色のボディはつやつやしている。
形はまんまカブトムシの幼虫。
クルンと丸くなった身体の頭側にはちゃんと昆虫独特の脚も確認できる…
背筋にゾワゾワしたものが駆け上がるのは脳が警鐘を鳴らしているからだろう。
ペトラは手のひらに乗せたイモムシの頭の方を摘むと迷わずそれを口の中に入れた。
「ヒッ!」っと引きつった悲鳴を上げる僕とは対象的に、ペトラはご満悦の表情で口に入れたものを咀嚼していた…
え?嘘でしょ?
頭の中での情報処理が追いつかない。
ペトラは本当に美味しい物を食べている顔で、何を食べたか見てなければ普通に美味しいものを食べてるようにしか見えない。
この世界に来てそれなりにピンチはくぐり抜けて来たつもりだが、今が一番のピンチだ…
「ミツル様もどうぞ」と、ペトラが差し出したかごの中には間違いなく色違いのカブトムシの幼虫が入っていた…
「頭は硬いから食べないでくださいね。冷水に浸して弱らせてますけど稀に噛まれる事ありますから注意してください」と食べ方をレクチャーしてくれるペトラの声が意識の外から聞こえてくる。
脳みそがぐるぐるして僕は考える能力を失った…
完全にフリーズしていると、彼女は何か思いついたような顔をしてベティを呼んでイモムシの入ったかごを手渡して何やら指示を出していた。
「嫌ですわ。私ったら、はしたない所をお見せしてしまいました」と言いながらペトラは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
危機が去ったのかと思ったが、彼女の《はしたない》は虫を食べることでは無かったらしい。
「そのまま一口で食べるなんてはしたないですよね?私ったらつい…」
テヘペロみたいな可愛い顔しているが、そこじゃないんだが…
「これでいいですか?」と戻ってきたベティがペトラにお皿を渡した。
なんということでしょう…
イモムシは食べやすいサイズに切り分けられ、手が汚れないようにフォークも御用意頂いている…
逃げ場はない…僕はまた座ったまま気を失いそうになっていた…
その時、走馬灯のように子供たちの顔が浮かんだ。後で思えば完全に思考回路がバグっていたのかもしれない…
コレを食べたら僕は《勇者》だ…
自分にそう言い聞かせて、震える手でフォークを握った。
いちばん小さい切れ端を選んだのはまだ理性が残ってたからだろう。
色んな覚悟を決めて、一思いにパクッといった。ちょっと泣いてたかもしれない。
口に入れた瞬間、雷に打たれたようなショックを味わった。
えぇ…何これ…すっごいジューシー…
瑞々しく口に広がる甘みと、高級メロンのようにとろける舌触り…
洋梨のような上品な香りが口いっぱいに広がる。
果物のいい所を全部詰め込んだような味わい深さがある。
…まぁ…虫なんだけど…虫…
やりきったことで極度の緊張の糸が切れて、僕は気を失った…
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