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あの虫事件で若干のトラウマを抱える結果になったが、僕は頑張って目標の22種類の食べ物のレポートを仕上げてアンバーに提出した。
「ほう…なかなかの量だな」とつぶやきながら、指で摘んだ紙の束をパラパラと流すように目を通した。
「課題をこなして来た生徒に対してもうちょっと言うことは無いのかい?」
「ふむふむ。君が勤勉な生徒で私も鼻が高いよ。で?どうだった?楽しめたかい?」
「まぁ、色々あったけど楽しめたよ」
「それは良かった」と、課題を出した張本人は満足そうに頷いた。
「君にはこの国を深く知って好きになってほしいからね。まぁ、これはそのための貴重な一歩だ。君は私の子供たちと更に距離が近くなったわけだ。嬉しいことだね」
「本当はそっちが目的だったの?」
「ふふ、どうかね?」と意味深に笑って、彼は身を乗り出すように机に両肘を突いて、指を組んだ手の上に顎を乗せた。
「君が苦戦している話は退屈しなかったよ。随分いろんなものにチャレンジしたらしいじゃないか?君がこんなにチャレンジャーだとは思わなかったよ」
「僕も、こんなに大事になるとは思ってなかったよ…」
犬のガム食べたり、珍しい卵が更に珍しくなって普通の卵だったり、トラウマを植え付けられたり…あぁ、でもちゃんと美味しいものもあった。
思い出しながらなんか笑えてきたな…
「でも…案外悪くなかったよ」というのが僕の素直な感想だ。
アンバーは僕のシンプルな感想に満足そうに頷いた。
長い時間をかけてアーケイイックを育ててきた不死者の王は、その手をかけた時間の分だけこの国の全てに愛情を持っていた。
一生懸命教えてくれたり、一緒に探してくれたり、一緒に食べて感想を言い合ったり。みんな優しかったんだ…
他所から来た人間の僕のために、アーケイイックのみんなは一生懸命になってくれた。
「そうだろう?私の自慢の国だ。私もこの国が大好きだ」
アンバーも元々は隣国であるオークランド王国の出身だ。そういう意味では、彼も僕と同じなのだろう。
「こんな話をするタイミングではないけどね、無知と無関心は恐いものだ…
君はこの世界に無知ではあるが、無関心ではない。それに、他者を認める寛容さがある。利己的な利益を求めないし、新たな発見を楽しむ余裕だってある。それが私とこの国にとって救いだよ。
すべての人間がそうであればと思うが、なかなか君のようになれる人間も珍しいからね」
「でもそういう人だっているだろ?」
「そうだね。でも多くはないから、君は面白いサンプルだよ。本当に君は研究しがいがある」
「うーん…なんか誉められてんだかなんだかわかんない評価だな…」
「誉めてるさ。なんせ《魔王》直々に君に興味があると言っているんだからね。君は特別な人間だよ、《勇者殿》」
呵々と笑う姿は魔王らしい不穏さがある。
結局僕は彼にとって《ちょっと珍しい行動をするマウス》くらいのものらしい。殺伐とした関係じゃないのはありがたいけど、なんか素直に喜べない。
「まぁ、今回の課題が君にとって糧があるものであるなら私も課題を出した甲斐があるというものだ。今後もこういう課題を出すのも良いかもしれないな…
私としてもよく頑張ったね、と言ってあげたいのだが、ここで君に一つ残念なお知らせがある」
アンバーはそう言いながら提出したレポートの束の上下をひっくり返して僕に突き返した。アンバーの前置きの言葉とその動作に嫌な予感がする。
まさか、やり直し?!まだレポートの中身ちゃんと読んでないじゃん!数が少ないとかクレームつけるつもり?!
身構える僕にアンバーが放ったのは意外な一言だった。
「読めない。大変申し訳無いが、公用語で書き直してくれ」
「…あ」忘れてた…そうでした…
僕は異世界から召喚されたから、《現地適応》という能力が付与されているらしい。
ようには、強制的に発動する自動翻訳機能がついているから、他の人が話す言葉は自動的に翻訳された状態で聞こえるし、文字なども自動的に翻訳され状態で情報として脳に流れてくるという便利な能力だ。
これが意外と厄介で、ついつい普通に話してしまうが、相手が何語で話しているのかも分からないし、覚える必要がないからついつい日本語で書いてしまうのだ…
そして、《魔王》の知識を持ってしてもアンバーは日本語を理解するのは困難らしい。
…恐るべし日本語…
ひらがな、カタカナ、漢字の文章は確かに複雑だもんなぁ…
全ページ日本語のレポートは翻訳という作業が追加されて返ってきた。
やっぱり異世界なんだよなぁ…
そんな便利な言い訳と苦笑いで自分を納得させることにした。
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