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それでも、今夜は酔ったせいか、エヌ氏はひとりごとをやめなかった。
「そういえば、これから開かれるという博覧会に連れて行ってやれるだろうか……。いやあ、でも、大阪はちょっと遠いなあ」
ごろんと横になって、幼児のつやつやした髪の毛をなでる。
「この東京でもう一度オリンピックが開かれることがあったら、今度はお前も見られるかもしれないな」
苦笑しながら幼児と赤ん坊の顔をしげしげと見た。
そのときには、この本に書いてあるような未来がやってくるのかなあ……。
あの渋谷の街は、どんな風に変わっているんだろう。もっと高いビルが立ち並んで、飲み屋がごちゃごちゃ集まっている一角も、姿を消してしまうんだろうか。
この家のまわりののどかな景色も、いま次々に進んでいる造成の様子からすると、すっかり見違えた眺めになってしまうのかもしれない。
エヌ氏は、枕元に置いた本の表紙を、あらためてしげしげと見つめた。
「『未来の世界 SFの世界』……」
お前たちが大人になって見る世界が、まさにそうなのかもしれないな……。エヌ氏はふとそう思うと、ひとりでくすくすと笑った。
暑さのせいか布団をはいでしまった幼児の肩に、白い掛布をかけなおす。
「今日は風呂に行かないの?」
妻が襖の向こうから声をかける。
風呂屋はすぐ隣にある。
この時間はまだ開いているはずだ。
エヌ氏は、うながされるままに襖を開けた。
妻は、タオルと石鹸と下着を入れた風呂桶をエヌ氏についと差し出すと、にこりと微笑んだ。
「いってらっしゃい」
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