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はっきりした物言いの中に、どこか関西弁のイントネーションが混じる。
エヌ氏は思い出した。この太った男の写真を見たことがある。
新進気鋭の作家、ケイ氏……いや、作家という枠に収まりきらない活躍をしている人物だ。
「今、てんてこまいの最中なんだ。東京でスポーツの祭典、オリンピックが開かれた次は、叡智と文明の祭典、世界中の国から文化や芸術や技術を集めた博覧会が大阪で開かれる。その準備で」
汗をふきながら、ケイ氏は赤いソファに腰をおろした。
何だかオリンピックと違って小難しい話だが、この人が語ると、体育の祭典と同じように、活力に満ちた催しのような印象を受ける。
エヌ氏はケイ氏の作品を思い出した。壮大な世界観、歴史と未来の双方を見つめる視線、飽くことない科学と文明への興味……。こんな作品を、果たしてひとりの人間が生み出せるものなのだろうか。そんな驚きと共にいつも作品を読んでいる。
エヌ氏はケイ氏に会えたことにすっかり舞い上がってしまい、椅子で体を硬くしていた。
ケイ氏はそんなエヌ氏をなごませようと思ったのか、目を細めて笑みを浮かべて話しかけた。
「逆に、こんな風にしてたまたま三人して三人の読者に逢えるなんてことも、そうそうない。幸運なのは自分たちかもしれないな」
すると、タートルネックの男がちゃちゃを入れてきた。
「年に一度のSF大会をのぞいては、だけどな」
エヌ氏は、もちろん、その大会のことは知っていた。
でも、作家の講演を聞いたり議論を傾聴するだけならまだしも、同好の士と議論を戦わせたり、オークションの真似事をしたり、ましてや祭り騒ぎになったりと長時間大勢ですごすのは、どうにも気後れして、行く気にはなれなかった。
それなら、なぜ、今夜、自分はこうしてエフ氏に声をかけたのだろう。エヌ氏は自分の気持ちの矛盾に気がついて、可笑しくなった。
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