未来の世界∞SFの世界

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 そうだ。このタートルネックの人も知っている。  ティー氏だ。いつもはサングラスをかけた顔で写真に写っているので、気がつかなかった。 エヌ氏の胸の動悸は更に高まった。  ティー氏は、ポケットからタバコの紙袋をくしゃくしゃと取り出し、テーブルの上の灰皿に乗っていた紙のマッチに、手際よく火を点けた。  ヘビースモーカーだと何かの記事に書いていたのを、エヌ氏は思い出した。  スラップスティックと思弁的な作品の二種類の小説を交互に紡ぎ出し、SF的発想というか、思考実験のような枠組みの中に、肉体の滾りとか激情の迸りがにじみ出ている。  読みはじめると、ときに血が騒ぎ、ときにげらげらと笑いながら、最後まで一気にいってしまう。社会の仕組みとかお金の有無のような目に見えるものだけでなく、潜在的に人を抑圧し、束縛するものが何かを敏感に察知して、それらに対する反抗、脱出、解放を試みている。エヌ氏はそう感じている。  そうすると、あとひとりは……。  エヌ氏は気がついた。  エイチ氏だ。掌編小説の旗手、軽い味わいなのに、人間や文明や社会の本質を深く考えさせてくれる、不思議な作品群を次々に送り出す。  どこの国のできごとか、過去か未来かもわからない、何にもとらわれない透明な発想で紡ぎ出される短い物語は、いつでもどこでも読むことができるし、さらに、永劫に伝えられる寓話となる可能性を秘めている。  まるで、彼自身が宇宙人か神様のように、この星のすべての時代を俯瞰しているかに思える。  そうか、これは三人の著名作家のそろいぶみだ。  エヌ氏はひどく興奮して、あわててテーブルの上のグラスを手にとり、ぐいっとあおった。 「あ、それは……」  とたんにごほごほとむせる。 「それは、さっきタバコの灰が入ってしまったグラスだよ」  エフ氏がママを呼んで、手ぬぐいを持ってこさせる。
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