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「机の1番上の引き出しにスペアのメガネがあります。」
「わかった。そこに座って。」
ベットに座り、響谷先生が私の手にメガネを渡す。
そしてゆっくりメガネをかける。
ぼやけた視界が一気にはっきり見えた。
目の前にいる先生の近い顔も。
「っひぃ!!!!!」
突然の視界の良い響谷先生の距離の近さに驚く。
さっきまで距離は近かったが、今ははっきりと見えていて背筋に緊張が走る。
汗が止まらない。こもった部屋の熱気だけじゃない。
「ああ、すまない。ちゃんと見えるか?」
「はははははいいいい!!!」
緊張で思ったように口が動かないし、なぜか口元がぱくぱく動く。
じわじわと体が熱くなる。そうだ、クーラーをつけよう。
「先生、すいません。暑いですよね。すぐにクーラーを」
「ああ、でも気を使わなくても。もう学校に戻る。」
え?
もう帰るんですか?
まだきたばかりじゃないですか?
もう少しいてくれないんですか?
同時にたくさんのセリフが頭に響いた。
「あの、暑かったので、冷たい飲み物でもいっぱいどうですか?あと、昨日お父さんが買ったプリンがあるんです。一緒にどうですか?」
焦りながら響谷先生に一緒にお茶をする提案を出した。
なんとかして引き止めたかった。
ずっと私の部屋に響谷先生がいて欲しかった。
「大丈夫だって。それにまだ仕事が残ってる。生徒を無事に帰宅したことを確認できた。それだけで十分だ。」
「でも、私先生に迷惑かけて、何かお礼をしたいです。」
「これも教師の仕事の一部だ。あと、プリンはおとーさんと食べな。」
響谷先生は廊下に向かおうとした。
私は後を追う。
廊下を進み、玄関で靴を履く響谷先生。
私はその背中を見てるだけ。
響谷先生、お願いです。
行かないでください。
もう少しいてください。
今日の勉強した数式あってるか見てくれませんか?
そうだ、今日お父さんとお兄ちゃん帰りが遅いのでよかったら一緒に夜ご飯食べませんか?
和食派ですか?それとも洋食派ですか?
話したいことが頭でポンポン浮かぶけど、声が出ない。
「ああ、あと水無瀬、コンタクトにしてみたら?」
「え?」
靴を履きおわった響谷先生がくるりと私の方をみる。
「コンタクトすれば、今日みたいなことがあっても、見えなくなることはないだろう。あと、前髪切れよ。そんな前髪じゃ目にかかって見づらいだろ。また顔面にボールあたるぞ。」
「は、はい。わかりました。」
最後に注意を受けた。
だけどその注意には安心感を感じた。
そういえば今日誰かに同じこと言われたような気がする。
誰だっけ。
ううん、誰でも良いや。
響谷先生以外どうでもいい。
玄関を出て、地下の駐車場まで一緒に行く。
教師用車の前についた。
「じゃあ、また来週。」
「は、はい、先生、また来週!ありがとうございました。」
響谷先生は車に乗り、エンジンをかける。
そしてわたしに軽く手を振り、駐車場を出て学校に戻って行った。
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