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水曜日。7時20分。
いつもの時間、いつもの車両に乗る。
隣の扉を見る。
今日も響谷先生がいる。
いつものように遠くから見つめる。
混雑しても、人ごみに流されず、響谷先生を眺めやすい場所から離れないようにしている。
しかし7時30分くらいになると徐々に混み始めて熱気がこもり、暑苦しく、嫌な空間になる。
「水無瀬さん、おはよう。」
突然声をかけられた。
正面を見ると、隣の席の星崎君がいた。
想像外の偶然だったので、驚いた。
「っ!あ、星崎くん、おはよう。」
星崎くん、朝早いんだ。
確か、運動系の部活って聞いた。これから朝練かな?
「水無瀬さん、この電車なんだ。」
「うん、そうだよ。」
「俺もずっとなんだよ。」
じゃあ視界に入ってる長身の男子ってもしかして、星崎君だったかも。
ずっと3年生だと思ってた。
「そうなんだ。いつも同じ学校の人がいるなって思ってたの。星崎くんだったんだ。」
「ごめん、実は俺、水無瀬さんだって結構前から気づいてた。でも水無瀬さんって遠いところを見てる感じだったから。」
「え!そうだったの。気づかなくてごめんね。えーっと身長が高かったから、先輩かと思って、、目を合わせないようにしてたの。」
半分嘘をついた。
私どこか見ているように見えてたのか。
星崎くん私が響谷先生を見てるってバレてなければいいけど。
「そうだったんだ。でも俺だからもうそんなことしなくていいよ。」
「うん、そうだね。」
星崎くんを見上げる。
笑ってるけど、笑ってないような顔。
気のせいかもしれないが、イライラしているように見えた。
星崎くんも朝苦手なのかな。
「ところでさ、いつも朝早いよね。何してるの?」
「えええ!えっ!べ、別に!!!」
必死にごまかそうとした時、電車が急停車し、大きく揺れた。
そして乗車してる人たちがバランスを崩す。
案の定私もバランスを崩し、星崎くんに飛び込んでしまった。
星崎くんもとっさに支えてくれて、私たちは抱き合うような形になった。
異性の人とハグしたのは家族や身内以外で初めてで、いつもと違う緊張が走った。
星崎くんって、やっぱり大きい。
お腹にベルトが当たる。
すごく足長いな。
身長何センチだろう。
同い年の男の人も、もうこんなに硬いんだ。
柔軟剤と汗の匂いがする。
「ご、ごめん!星崎くん!!」
ふらついた体制が安定し、私はすぐに離れた。
「ううん、それより、大丈夫?」
「星崎くんが支えてくれたおかげだで私は平気だよ。ありがとう。」
星崎くんは安心した様子だった。
急停車の案内が流れ、その1分後に発車した。そして学校の最寄駅に着いたので、私たちは一緒にホームの方に出た。
「こないだ俺、急停止でおっさんにハグされたことがある。」
「え、何それ。かわいそう。くすくす」
「あれ、もしかして星崎と水無瀬か?」
階段を上ろうとした瞬間、後ろから声が聞こえた。私たちは後ろを振り向き、声の主を見る。
「…響谷先生。」
私は呟くように響谷先生の名前を言う。
「えっと、先生も40分着のこの電車に乗ってんすか?」
「ああ、お前たちと一緒みたいだな。すげー偶然。」
私はまた響谷先生を目の前にすると全身が熱くなってしまった。
特に顔が熱い。
「星崎は朝練か?さすがだな。先生、期待してます。そういえば水無瀬はこの路線沿いの駅だったな。」
「…はい。」
か細い声で返事をし、そのまま斜め下に目線が落ちていく。
今日は見てるだけの朝にならなかった。
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