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私、矢上アヤ25歳は、元ヤンである。
8年前までは悪友とよく悪さをしていた。ケンカ、カツアゲ、万引き、援交、なんでもやっていた。毎日の様に、そんな悪さばかりしていたのだから、勿論警察にも捕まっていた。
あれは、17歳の時で、確か3度目の逮捕だったと思う。万引きだ。
いつもの様に、世間体ばかり気にする母親が私を引取りにくると思っていた。だが、その日は違った。
私を迎えに来たのは、母方の祖母だった。遠方に住んでいるのでなかなか会う事は無かったが、とても優しく、母とは違い、ちゃんと私と向き合ってくれた唯一の人だったと記憶していた。
「アヤちゃん、久しぶりね。大きくなったわね。お母さんから連絡があって、アヤちゃんが警察にいると聞いて、急いで迎えに来たの。」
「なんで、いつもみたく母さんじゃないわけ?」
「それが、とても言いづらいのだけど、お母さんがね、アヤちゃんを引き取ってくれないかと相談されたの。」
「あ〜、私捨てられるんだぁ〜。別にいいけど。ばあちゃんも、どうせ私を捨てるんでしょ?なら私1人で暮らすよ。じゃあね。」
私はどうでもよくなり、悪友の家を転々としながら、適当に生きようと思って、祖母に背を向けた時だった。
私を後ろから抱きしめて、祖母は泣きながら、そんな事する訳ないじゃない。私のたった一人の孫娘なんだからと。
「あなたが悪さをすれば叱るし、いい事をすれば褒める。一緒に住んで、一緒にご飯食べて、沢山お喋りしたいわ。あなたの事が一番可愛いくて、一番大事なんだもの。ね?一緒に暮らしましょう。」
私は祖母の言葉が素直に嬉しくて、涙が出た。母の様な世間体を気にするでもなく、ただ単純に、私を思ってくれている事に私は安堵していた。
そうして、私と祖母の2人暮しが始まった。私は悪友とは縁を切った。真面目に学校に行き、勉強し、家に帰宅したら家事の手伝いをした。
祖母は、いつも優しく笑い、私をちょっとした事でも褒めてくれた。「アヤちゃんは本当に優しい、いい子だよ。」
祖母の、言葉は不思議と私の心に染み込んでくる。
今まで、私の無だった心に光が差して、温かくなっていくのが分かった。
そんな生活が1年になり、私は高校3年生になっていた。その頃にはヤンキーだった自分とは思えない程別人になっていた。ごく普通の真面目な女の子と変貌していたのだ。やり直しはいくらでもできるんだなと、思った。これも、祖母のお陰だ。
初めて、幸せだと思えた。だけど、その生活が一変する出来事が起きたのだ。
祖母が脳梗塞で倒れ、右半身麻痺になってしまった。勿論母は介護することを拒み、たまたま空いていた「アジサイの家」という、特別養護老人ホームに入所する事になった。私は、祖母の家で1人で暮らしながら、毎日面会に行っていた。
手足のリハビリの方法やケアを、職員さんに教えてもらい、私は毎日祖母にできるだけの事をやった。少しでも良くなって欲しい、祖母が辛くないように私が今度は支える番だと思っていた。
そんな日々が続いたある日、アジサイの家の所長さんに話があるからと、私は呼び出された。祖母に何かあったのだろうか?とても不安に思いながら、面談室に入って行った。
「アヤちゃん、急に呼び出してごめんね。実はアヤちゃんに聞きたいことがあって。アヤちゃん高校3年生だよね?進路は決まっているのかな。」
「いいえ、まだ何も。ただ、働いて祖母に恩返しがしたいと思っています。」
「そうか、もし良かったらなんだけど、ウチに働きに来ないかい?君が熱心にお祖母さんのケアをしている姿を見てね、これは君に向いた仕事なんじゃないかと思ったんだよ。ヘルパーで3年働けば介護士の資格取れるしサポートもしっかりしていくよ。どうかな?ちょっと考えてみてくれないかな?」
私は突然の事でびっくりはしたけれど、確かに祖母のためとはいえど、介護するのが楽しいと感じていた。
もしかしたら、こんな私でも役に立てるのだろうか、祖母への恩返しになるのだろうか、私はじっくり考えた。
そして、介護職を選択し、高校卒業と同時にアジサイの家に就職したのだった。
ただ、私が元ヤンである事は隠しておこうと思った。この土地で祖母のおかげで、普通の女の子にもどれたのだから。
アジサイの家に就職してから、毎日入所者の方々一人一人寄り添いながら、勿論祖母とも寄り添い、仕事も、元々の要領の良さもあって直ぐに覚えていった。
入所者の為になることを、祖母の為になることを勉強し、実践して行った。
3年後には介護士の資格も取得し、より一層仕事にうちこんでいくようになった。そんな矢先、祖母は亡くなった。「アヤちゃん、ありがとう。とても幸せだったよ」と、本当に幸せそうな優しい顔をして眠ったのだった。
こちらこそありがとう。これから、私もっとがんからね。スーパー介護士なんて呼ばれるくらいになるからね。
私は祖母に誓ったのだった。
月日は流れ、私は25歳になった。
私は、毎日入所者一人一人に、可愛い笑顔をつくり、優しく声をかけ、手際良く介助していく。
入所者の人達は、私のこの愛くるしさに元気を貰えるよと喜んでくれている。
また、自分の孫だと言わんばかりに、「あーちゃん」と呼び、可愛がってくれる。
職員からも、入所者の人からの人気、仕事も手早く気が利く介護士として、信頼も厚くなっていた。
私が目指すとこに近づいてきた。スーパー介護士になれているだろうか(笑)一番は、入所者さんの為に出来ることを全力でするだけの事なのだが。
この調子で、ヤンキーとは縁遠い、真面目な可愛いスーパー介護士「あーちゃん」でいようではないか。
そう心に誓って、今日も、この完璧な1日を過ごすはずだった。
が、
かくしごとはバレてしまった。呆気なかった。
「も、もしかして、アヤちゃん元ヤン?❤」
バレた相手は、アジサイの家の所長小谷遼一だった。
ん、元ヤン?❤
なんだか、目をウルわせ、頬はほんのり赤くなり、うっとりするような目で私を見てきた。
所長のそんな姿初めてで、私は戸惑うしかなかった。
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