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「あのね、みかん、大丈夫だよ。心配しないで」
「なにが」
「わたし、健康体でね、病気もなにもなってないの」
「それで?」
「心配ご無用ってこと」
潮風。ここから海は近い。あと二駅電車に揺られたら、わたしたちが通っていた高校の目の前なのだけど、ただ、わたしたち、そこは思い出の場所ではないので。
防波堤を歩く。昔から閉店したままの釣り道具とボートのレンタル屋、テトラポットと海鳥の鳴き声。野良猫に餌やりをしないようにと看板が立っている。
懐かしい風景であった。
「何年ぶりだろ。なつかし……」
「僕は一昨日ぶりだけど」
「……うそ」
「ほんと。……カラは本当に、僕のこと嫌いになったんだな」
そちらがしがみつきすぎなんだ、とわたしはちっさな声で言う。だって、ねえ、わたしたち、もう大人じゃない。
大人になれたでしょ?
「……嫌いじゃないよ」
「本当かなぁ」
「わたし、みかんにだけは嘘言ったことないのに。やなこと言うなぁ」
「嘘は言わないけど本当のことも言わないだろ」
「嫌いじゃ、ないよ。ほんとだよ……」
「……いじわる言ったかな」
「言った。みかんなんて嫌いだ」
「ほら嘘つき」
べっと舌を出す。防波堤の階段を上がる。潮風に借り物のマフラーがひるがえった。
「カラ、」
「はは、懐かしい」
ダイブ!
ばさっと白い砂が舞い上がる。重心がぐうっと傾いて、支えきれずに砂浜に尻もちをつく。靴の中に砂が入った。冬の早い夕暮れが近い空がパッと目に入った。
「こら、馬鹿、なにしてんだよ」
砂浜に倒れこんだら、小さく笑い声がこぼれた。もう、学生の頃の、少女の軽やかさなんてない。不格好で、歪な体を抱えて。
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