第1話 切れた弦

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「あー、かったりいの。午後の一番眠い時間に古文かあ」  古文担当の教諭の授業は、単調で眠くなると評判だった。みつるも不得手で、よくまどろみに落ちる。古文自体が嫌いなわけではないが、もっと脳に刺激のある授業が良かった。特に午後の授業には。 「もうちょっとだから頑張って。みつるは、学校終わったらなんか予定あるの?」  シロはどこか遊びに誘いたいような雰囲気を滲ませたが、生憎みつるには予定があった。 「習い事」 「……? なんの」 「秘密」  みつるは幼い頃から三味線を習っている。しかしそれを周囲には言っていない。シロの残念そうな声音には気づいていたが、それに気づかない素振りで音楽室を後にする。 (冷たいだろうか?)  みつるにはよくわからなかった。  午後の授業が終わったら、またな、とあっさり言って、シロと別れた。  一度自宅に寄って愛用の三味線を持ち出すと、通っている教室に徒歩で出向く。教えてくれるのは辻初音(つじはつね)という、厳しいながらも気のいい女性で、みつるとは波長が合った。 「早かったねえ、みつる」  平屋建ての日本家屋は広くて落ち着く。みつるはこの家が好きだった。少し時間より早く着いたのは知っていたが、初音は特に煙たがることもせずにみつるを部屋に上げた。  稽古をつけて貰いながら、合間にぽつりぽつりと会話を交わす。 「そうだみつる。高校を卒業したら、戌亥(いぬい)さんのところに行くって話は、進めていいのかい?」  初音の古い知り合いの三味線奏者の名前を出され、みつるは頷く。以前から話していたことだ。一応親にも承諾は貰い、卒業前の今も、初音を伴い折を見ては浅草にある戌亥先生のところに顔を出す。  この道で生きてゆくと決めたみつるに、芸の域を広げられるようにと、初音が示してくれた指針だった。  それはとてもありがたい話だった。  まだシロには言わない。高校を卒業したら馴染み深いこの地を離れ、シロの前からもいなくなること。次に会えるかもわからないのに、あっさりといつものように別れを告げる。また明日学校で会えるみたいに、気軽に。  むしろ別れの言葉など、必要なかったかもしれない。  自分達は少しばかり気が合って一緒にいる時間が長かった、というだけの単なる同級生だ。学校が繋がり。それ以上でもそれ以下でもない。  嘘つきだな、とみつるは一人笑う。  シロの視線の意味に、なんとなく気づいていた。ただの友達に向けるものではなかったこと。それでもみつるは気づかないふりをして、やり過ごす。  もし気づいてやったなら、シロはなんと言うだろうか。わからなかった。  ――ぱつり。  びっくりした。  三味線の弦が切れていた。 「ああ、怪我はないかい」 「ごめん、力入れすぎたかも」  撥を置き、切れた弦の端をつまむ。初音はみつるの手を軽く握り、傷がないか見ていたが、特に支障はなくすぐに放して立ち上がった。
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