第1話 切れた弦

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「替えの弦を用意するよ。待っておいで」  一人ぽつんと取り残されたみつるは、時間を持てあまして静かになった部屋を見渡した。  畳敷きの部屋は、い草の良い匂いがする。替えてからあまり経っていないようで、まだ色味が濃い。みつるはぼんやりとその匂いを吸い込んで、初音の戻りを待った。  ――ふと。  ことん、と物音がした。音のした方を見ると、誰かがみつるを見ている。襖を少し開け、だが中に入ることはしない。 「なに?」 「……怪我したの?」 「してない」 「弦が切れたの?」 「ああ……力みすぎたんだ。考え事してたから」 「痛かった?」  痛くないよ、と答えようとしたら初音が戻ってきた。そちらに意識を向けたら、ぱたぱたと足音がして、ついさっきまでそこにいた可愛らしい姿は消えていた。 「ほら、自分で張り替えなさい。出来たら調弦」 「はーい」  切れた弦を張り替えて、言われたとおりに調弦して一曲弾いて、その日はお開きにした。  本当に切れるのは、シロとの繋がりかも知れない。切れたところでみつるは多分平気だ。 (本当だろうか)  己の生き方に、疑問を抱いたことはなかったか。  急に夜中に一人目を覚まし、誰も隣にいないのを寂しくも思い、けれどその原因がまさに自分自身にあるのだと知っているから、誰のせいにも出来ない。  窓の外を見れば、西の空に月が沈みかかっている。半分に欠けた月。  残りの半分は闇に飲まれ、目にすることがない。けれど本当はそこにある。ただ見えない。それだけの話だ。 (俺の半分は一体この世のどこにあるというのか)  欠けた半分を永遠に探し続けなければならないのか。  弦を掻き鳴らし、その中に居場所を見つけ身を沈める。心地好い、三弦の領域。ぴんと張られた鬱金(うこん)の絹。  寂しい、などと感じるのは罪だ。  そう仕向けたのは誰だ。  みつるはただそのことに対して沈黙し、笑顔で覆い隠す。  手を伸ばせば、  それを望めば、  誰かの体温に触れることが出来たろうか。  ……せめて、  シロだけでも傍に置いておけば良かったのか。そうも思うが、気づかないふりを選んだのは自分自身だ。  どうすることも叶わない。 (俺が一人なのは、自分が選んだことだ)  声に出して呟いたとしても、聞く者は誰もいない。  だからみつるはなんでもないことのように振る舞う。事実それは、なんでもないことだ。  寂しくなどない。あまりに日常になりすぎていた。  けれど、ほんのたまに夢に見る。  嫌いなわけではない、彼のことを。
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