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「替えの弦を用意するよ。待っておいで」
一人ぽつんと取り残されたみつるは、時間を持てあまして静かになった部屋を見渡した。
畳敷きの部屋は、い草の良い匂いがする。替えてからあまり経っていないようで、まだ色味が濃い。みつるはぼんやりとその匂いを吸い込んで、初音の戻りを待った。
――ふと。
ことん、と物音がした。音のした方を見ると、誰かがみつるを見ている。襖を少し開け、だが中に入ることはしない。
「なに?」
「……怪我したの?」
「してない」
「弦が切れたの?」
「ああ……力みすぎたんだ。考え事してたから」
「痛かった?」
痛くないよ、と答えようとしたら初音が戻ってきた。そちらに意識を向けたら、ぱたぱたと足音がして、ついさっきまでそこにいた可愛らしい姿は消えていた。
「ほら、自分で張り替えなさい。出来たら調弦」
「はーい」
切れた弦を張り替えて、言われたとおりに調弦して一曲弾いて、その日はお開きにした。
本当に切れるのは、シロとの繋がりかも知れない。切れたところでみつるは多分平気だ。
(本当だろうか)
己の生き方に、疑問を抱いたことはなかったか。
急に夜中に一人目を覚まし、誰も隣にいないのを寂しくも思い、けれどその原因がまさに自分自身にあるのだと知っているから、誰のせいにも出来ない。
窓の外を見れば、西の空に月が沈みかかっている。半分に欠けた月。
残りの半分は闇に飲まれ、目にすることがない。けれど本当はそこにある。ただ見えない。それだけの話だ。
(俺の半分は一体この世のどこにあるというのか)
欠けた半分を永遠に探し続けなければならないのか。
弦を掻き鳴らし、その中に居場所を見つけ身を沈める。心地好い、三弦の領域。ぴんと張られた鬱金の絹。
寂しい、などと感じるのは罪だ。
そう仕向けたのは誰だ。
みつるはただそのことに対して沈黙し、笑顔で覆い隠す。
手を伸ばせば、
それを望めば、
誰かの体温に触れることが出来たろうか。
……せめて、
シロだけでも傍に置いておけば良かったのか。そうも思うが、気づかないふりを選んだのは自分自身だ。
どうすることも叶わない。
(俺が一人なのは、自分が選んだことだ)
声に出して呟いたとしても、聞く者は誰もいない。
だからみつるはなんでもないことのように振る舞う。事実それは、なんでもないことだ。
寂しくなどない。あまりに日常になりすぎていた。
けれど、ほんのたまに夢に見る。
嫌いなわけではない、彼のことを。
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