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チョコレートの匂いのする紫煙を吐きながら、眞玄は少し頭が痛そうに、眉間の辺りをこつこつとノックした。
先日、夏織子を煙に巻いた、つもりだった。
しかしその際にSNSのID交換をしたのだが、意味深なメッセージが送られてきてここに来る羽目になった。
秘密の話を、文字ではなく二人きりで直接会って、という意味の内容だ。
(やっぱ無理があったなー……騙せたかなって思ったけど)
夏織子に、聞かれた。
隣に引っ越してきたのを知っていたのに、朔のことを壁の薄い部屋で抱いた。控え目に静かにすれば良いものを、どうにも制御不能になりがちな性欲に負けた。
後悔している。絶対にバレてはいけないことなのに、と今になって悔やんでいる。
夏織子の口が塞げるなら、一度くらいヤっちゃってもいいかな、なんて思うが、一度で済まなかった時のことを考えると困るし、何より朔に申し訳ない。
「えっとね……どうしよっかな。やっぱり言っちゃおうかな……眞玄にお願いが、あるんだぁ」
猫なで声というのはこういうのを言うのだろうか。一体何を言われるのかと、眞玄は身構える。
「そんな警戒しないでよ。これから言うことは、眞玄の秘密じゃなくて、あたしの……秘密」
音楽がうるさいのと、誰にも聞かれたくないからか、夏織子は眞玄の耳元に唇を寄せて囁いた。吐息がかかり、ぞくりとする。
ぽそっと言われた内緒話は、まるで想像していなかったもので、眞玄は己の耳を疑った。
「――はい!?」
思わず大きな声を出してしまった。
夏織子はわざとらしいほどに笑顔を作って、両手を拝むように合わせてみせた。
「だけど、それ……証拠とか、あんの?」
すぐには鵜呑みにせず、疑いの視線を向けた眞玄に、夏織子も「そりゃそうよね」と呟き、一旦席を立つ。控え室に引っ込んだと思ったら、自分のスマートフォンを持ち出してきて、画面をつるつるいじり出した。
「これ、証拠」
見せられたのは何枚かの写真だった。決定的なものを見せられて、眞玄は黙り込む。
青天の霹靂とは、こういうのを言うのだろうか。頭の中でどうしたものかと悩みが渦巻き始める。
心を整理しようと、しばらくわけのわからない唸り声を小さく上げながら水割りを飲んでいた眞玄は、やがてとりあえずの結論を出した。
「日を改めてってことで。こっちにも都合があるし、もう遅い時間だから、無理」
何本目かの煙草に火が点いた。
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