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苦虫を潰したような眞玄の表情を、夏織子は食い入るように見つめて、なんだか懐かしく思った。
こんな顔をさせたいわけではなかった。
自分勝手な女だと思う。今更どういうつもりで、こんなことを言い出しているのか。
仕方ない。自分に嘘をつけない性分だ。誰かを傷つけても、我を通すのは罪だろうか。
(どれだけ、身勝手だろう)
もう夏織子のことを、忘れただろうか。
もしそれならそれで、仕方なかった。それは自分の我儘が作り出した状況でしかない。
夏織子が眞玄に見せたのは、生まれてから四歳くらいまでの、音緒の写真だった。その隣には、夏織子と、たまに上弦が一緒に写っていた。
籍は抜いたものの、また名前が変わるのが面倒で苗字はそのままにした為、加納夏織子というのが本名だった。
小学校で運動会のあった日、夏織子は店に休みを貰って日中そこへ出掛けた。父兄の中に紛れ、こっそりと写真を撮った。レジャーシートの並ぶ観覧席に上弦の姿を見つけたが、声を掛けることはせず、相手の視界に入らないように細心の注意を払った。
夏織子は、音緒に会いたくてこの街へやってきた。
上弦のところから逃げ出して、すべてを放り出してきてしまったのに、今更何をしているのかという思いも確かにある。ただ、離婚してから付き合った彼氏と別れた途端、なんだか無性に自分が置いていった子が恋しく思えた。
本当に今更だ。
自分でも理解に苦しむ。
上弦の地元がこの辺ということは聞いていたから、当たりをつけて興信所なんてものにまで頼って、音緒の居場所を探ったまでは良かったが、会ってどうするんだという心のブレーキが夏織子を妙な行動へと駆り立てた。
眞玄への遠回しなアプローチが、それだ。懐柔とでも言おうか。外堀を埋めたかったのだろうか。いきなり音緒に会うのは、怖かった。
当時働いていた店に客としてやってきた上弦は、三味線弾きだと言った。まったくわからない世界だったし、最初は単なる一見さんだと思って大して気にも止めてはいなかったが、彼と一緒に来ていた複数名の客の中では飛び抜けて男前だったので、もし次があるならそれはそれで楽しみだった。
「でねー、なんやかやあって、プロポーズされたのは結構早かったかも」
結局店が終わっても夏織子に付き合うことになった眞玄は、なんでこんな話を聞かなければならないのか、腑に落ちないような顔をしていた。
「あんまり見ないのよ、まだ完成形じゃないんだ。巣材集めしてるとこ」
「もっといいとこ住めば良かったのに。結構給料貰ってんでしょ?」
「そしたら朔ちゃんちの隣にならなかったのに、って?」
「……ああ、はいはい。そーだね」
非常に面倒臭そうな対応だ。
「ベッドもちっちゃいんだよねー。部屋狭いから、ソファベッド。眞玄が寝たら、きっと落っこちちゃうね」
「寝ないから大丈夫」
つれない返事をされて、夏織子は面白そうに笑った。こんな態度を取られるのは、心当たりがある。
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