23人が本棚に入れています
本棚に追加
戸惑いを含んだ声音に、弓都は少し話を逸らして、ふと思ったことを口にする。
「無味乾燥な感じですねえ。みつるくんは達筆だから、そんな電子機器でのやり取りより、実際筆を執った方が良い。たまには僕に、近況でもなんでも送ってください」
「は? 俺の近況なんて、つまらんし」
「なんでも、いいんですよ」
「……わかった」
なんとなく弓都の人恋しさを悟ったのか、上弦が曖昧に頷いたので話を筋に戻した。
「で、その子は誰くんですか?」
「あぁ……征、って言う」
「征くんね。はい。覚えました。……で、あなたはどう思ってるんです?」
少し間があった。
「おや、まんざらでもない?」
「そうじゃねえよ。俺はてめえのガキと同世代の野郎とどうこうする気はまるでない」
「そんなこと言って、数年前若い女性と結婚していたじゃありませんか」
「夏織子な……順を追って話すわ」
煙草の灰を灰皿に落としながら、上弦は苦虫を潰したような顔をする。
今は離婚してしまったが、数年前に三度目の結婚をすると聞かされた時は、どれだけ一人の女と続かない男なのだろうと弓都は少々呆れた。
呆れたが、仕方のないことでもあった。
上弦が、誰のことも愛していないのは知っていた。それなのに結婚するその精神力には、呆れると同時に感心する。
「カオルコさんばかりを選んで結婚するのは、何故ですか? 名前を呼び間違えることがないから?」
「それ、正解」
「失礼な男ですね、みつるくんは」
「いや、名前間違ってえらく反感買ったことがあったもんで、もういいや、全部カオルコにしちまえって、そんだけ」
「名前だけで、相手の人格を見てないんですか?」
「耳が痛ぇやね」
「――一番最初の馨子さんを、忘れられないということは?」
淡々と指摘した弓都に、上弦は胡乱な視線を向けた。思いもよらないといった感じだったが、実際には単に自分で理解していないだけなのだろう。
「さあね。どうなんだか。……ただ、俺は。恋愛感情がないってだけで、俺の子産んでくれた馨子には感謝してる。それは音緒の母親の夏織子にしてもそうだ」
「家族の情、ですか?」
「んまあ、そんなもんかね……実は俺自身よくわかってない。平気で仕事優先で、辻先生に預けてよ。恨まれても仕方ない」
「なんかぼろぼろ出てきますね。相当溜め込んでました?」
「さぁて……」
短くなった煙草を揉み消して、上弦は縁側から部屋の中に上がり込んだ。先ほど弓都が餌をやっていた赤い蘭鋳に水の上から手を翳すと、貰った餌が足りなかったのか、ぱくぱくと丸く口を開ける。その様子に上弦は小さく笑い、ふと思い出したように会話を再開した。
最初のコメントを投稿しよう!