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「昔、俺は……自分の半分がどこかにあるのかと、思ってたことがあった」
「――はあ」
「辻先生が俺に『上弦』と付けてくれたろう。上弦てのは、半分の月だよな」
「そうですね」
「弓都さんが、その半分だったらと、思ったことがある。まあ、『ことがある』というだけの話だがよ」
なんとなく失礼なことを口にしている上弦に、苦笑いが漏れる。
いきなり何を言い出すのだろうか。
「言葉遊びだと思って聞いてくれて良いんだが、弓都さんの弓は、半分の月だろ」
「は……あ。弓張月のことでしょうか」
弓張月は、弦月のことだ。いつそんなことを考えていたのだろうかと、弓都はなんだか落ち着かない気持ちになった。
当の上弦は、深い意味もないように、落ち着いている。
「言葉遊びで返してあげましょうか」
「……ん?」
「みつるくんは『満つる』に通ずるから、半分も何も、ありません」
「はは、考えたこともなかった」
紙に書かれたわけではない為に少し考えたようだったが、イントネーションで理解したようだった。
「だから半分を探さなくて、良いんですよ」
声音に寂しさが混じった。
上弦がどう取るのかはわからなかった。
「弓都さん……長生きしてくれよな。俺が愚痴こぼす相手、あんたくらいなんだ。俺のことみつるって呼ぶのも、そうはいなくなった」
ぽつりと言った上弦の言葉が、なんだかとても大切なものに思えた。
弓都の母が亡くなった年齢はとうに過ぎていたが、同じく長生きは出来ないのだろう。
言葉を返そうとしたが、なんとなく喉が詰まって、返せなかった。
話しているうちに夕食の時間になり、通いのヘルパーさんが作ってくれた食事を二人で食べた。体のことを考えて作った食事は、全体的に味が薄く、上弦の顔はなんとなく物足りない印象だ。
「さっきの話の続きがあるんだがよ……弓都さん、弟子を取る気はねぇか。弟子ってか、堅苦しく考えなくて良いんだけどな」
「続きと言うには、また唐突な。僕はもう舞台にも上がっていませんし」
「だからだよ。自宅に引きこもってくさくさしてたんじゃ、体が鈍るだろ?」
上弦の言わんとしていることもわからないではない。ただ話の流れが良く見えなくて、弓都の箸が止まる。
「実はなあ……さっきの征が、弟子に云々はさっき言ったよな。でな、距離的な意味も含めて辻先生でも紹介しようと思ったんだが、たまにで良いから通わせてくれと、食い下がる」
「……それは、あなたに対してでしょう?」
「まあまあ」
ますます話の流れが読めない。弓都の眉が不審に歪む。
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