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それは、嫉妬だったろうか。
今になって上弦と体を結ぶ気もあまりないが、ぽっと話題に出てきた征なる人物に、もやっとした感情を抱く。
その表情に、上弦も少し困ったようにこめかみの辺りを掻いた。
「うーん……強引なのは、嫌いじゃなくてよ。だけどマジで、俺は弟子なんざ取る気はない。んで、弓都さんに押し付けよっか、なんてな」
「意味がわかりません」
「だからよ。あんたの為でもあるんだ。気分転換になるだろ」
「面倒ごとはお断りですよ。あなたこれの他にも厄介なこと言おうしてませんか」
言い当てられたらしく、上弦は苦笑いを浮かべた。
「三番目の夏織子なんだがよ。こっちも色々問題があってな。ああもう、どいつもこいつも俺を困らせやがる」
「一つ指摘するなら、自業自得です」
「……まあ、な」
上弦は箸を置き、残り少なくなっていた湯飲みの茶を飲み干すと、部屋の定位置に置かれた弓都の三味線に目をやった。
「弾いてもいいか?」
「構いませんよ」
三味線を大事そうに抱え、美しい鬱金色の弦に軽く撥を這わせる。
「音緒がよぅ、もしも母親選んだなら……」
べん、と良い音がした。
「音緒くんが、どうかしました?」
「うん。この前眞玄から打診があった。夏織子から接触があったとよ」
「――それは」
弓都にしてみれば、唐突な話のオンパレードだった。しかしそれ以上話が続くわけでもなく、上弦はやや激しい撥捌きで長い曲を弾き始めた。
部屋の空気がぴんと張り詰めた気がした。
良い男だ、と思う。
誰にも心を奪われない、本当の意味では誰のものにもならない男だ。
もしも音緒が母親についてゆくと言ったら、上弦はどうするつもりなのだろうか。相手の心がよく見えなくて、無心で演奏する男の顔をじっと見つめていた。
上弦の月さえも太陽の影に隠れ、真黒の闇夜が訪れはしないか。それはなんだか怖かった。
(……あれ、何でしょうか。もしかして『眞玄』ってそういう意味……考えすぎか)
ふと沸いた疑問に、弓都は内心首を傾げた。
いつの間にか、音がやんでいた。
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