第21話 蝕

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 それは、嫉妬だったろうか。  今になって上弦と体を結ぶ気もあまりないが、ぽっと話題に出てきた征なる人物に、もやっとした感情を抱く。  その表情に、上弦も少し困ったようにこめかみの辺りを掻いた。 「うーん……強引なのは、嫌いじゃなくてよ。だけどマジで、俺は弟子なんざ取る気はない。んで、弓都さんに押し付けよっか、なんてな」 「意味がわかりません」 「だからよ。あんたの為でもあるんだ。気分転換になるだろ」 「面倒ごとはお断りですよ。あなたこれの他にも厄介なこと言おうしてませんか」  言い当てられたらしく、上弦は苦笑いを浮かべた。 「三番目の夏織子なんだがよ。こっちも色々問題があってな。ああもう、どいつもこいつも俺を困らせやがる」 「一つ指摘するなら、自業自得です」 「……まあ、な」  上弦は箸を置き、残り少なくなっていた湯飲みの茶を飲み干すと、部屋の定位置に置かれた弓都の三味線に目をやった。 「弾いてもいいか?」 「構いませんよ」  三味線を大事そうに抱え、美しい鬱金色の弦に軽く撥を這わせる。 「音緒がよぅ、もしも母親選んだなら……」  べん、と良い音がした。 「音緒くんが、どうかしました?」 「うん。この前眞玄から打診があった。夏織子から接触があったとよ」 「――それは」  弓都にしてみれば、唐突な話のオンパレードだった。しかしそれ以上話が続くわけでもなく、上弦はやや激しい撥捌きで長い曲を弾き始めた。  部屋の空気がぴんと張り詰めた気がした。  良い男だ、と思う。  誰にも心を奪われない、本当の意味では誰のものにもならない男だ。  もしも音緒が母親についてゆくと言ったら、上弦はどうするつもりなのだろうか。相手の心がよく見えなくて、無心で演奏する男の顔をじっと見つめていた。  上弦の月さえも太陽の影に隠れ、真黒の闇夜が訪れはしないか。それはなんだか怖かった。 (……あれ、何でしょうか。もしかして『眞玄』ってそういう意味……考えすぎか)  ふと沸いた疑問に、弓都は内心首を傾げた。  いつの間にか、音がやんでいた。
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