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第3話 ボーダレス
眞玄の愛車は黒のオープンカーだ。その助手席に祖母を乗せ、小学校に向かう。
一応は芸能人という括りにいるはずの眞玄だが、特に気を使うこともなく、一般人だった頃と同じように普通に生活している。己の中に、明確な境界線を設けていない。
ファッションでサングラスをかけることはあっても、それは顔を隠す為ではない。あまりにも当人が自然体なので、周囲もだいぶ慣れてきて、最近はあまり気にしなくなっていた。始めた頃などは結構煩わしかった周りの反応も、今は比較的落ち着いてきている。
仕事以外の時は、その辺にいる大学生と一緒でありたかった。けれどステージに上がれば一転、ギターを体の一部のように操り、魅力的な声で歌を歌い人を惹き付けて離さない。
それは意図して作られた商品としての「眞玄」だ。眞玄は自分の効果的な見せ方を本能で知っている。
ただそれは、音楽に関してのみだ。他のシーンでは、意図しないことも多々起こる。
発言や行動で馬鹿っぽく見られたり、軽々しく思われるのは、けして眞玄の意図したことではない。だから全体的なバランスを見ると、ちょっと残念な男だった。
「ねえばあちゃん、音緒って三味線どうなん」
ルーフを開放してオープンカーにしてある為に、眞玄の声は良く届かなかった。初音はちらりと運転席を見たが、何を言ったのかな、というような顔をして応えない。
「聞こえたー?」
声のボリュームを上げて、眞玄が再度振る。
「聞こえません。なんだい」
「音緒って、三味線どうなのって」
「ああ……」
信号待ちになり、少し考えるようにしていた初音がやっと続けた。運転中の風がうるさいので、ついでにルーフを閉じる。
「まだ始めたばかりだからね。筋はいいんじゃないかい。上弦の音を聴いてたからだろうが、経験積めば、多分」
「そう。なんか前に上弦が、音緒でも育てるか、なんて言ってたから、本人はどうなのかと思って。嫌そうでは、ない?」
「そういう感じはないね。……眞玄が妙な方向に行ってしまったから、アタシとしてはがっかりだ」
「妙なって……ギターだって弦楽器だよ。それに俺は三味線だってちゃんと弾けるし」
信号が青になったので、初音から目を逸らして前を向きながらも、眞玄は不満そうだった。祖母はそんな孫に苦く笑った。
「おまえは、おちゃらけてるからねえ……あんまり馬鹿っぽい発言するんじゃないよ」
「ええぇ……してないよ……俺至って真面目」
「余計救えないねえ。あぁ、なんだっけ。なんとか言うモデルの子とは、付き合ってるのかい」
「ありす? またまたご冗談をー。あんな週刊紙の言うこと真に受けないで。ありすはねえ、ただのお友達」
「そうかい……」
つい先日、一緒にいる写真を撮られてしまった女の子がいるのだが、眞玄としては本当になんでもない単なる友達の一人でしかなかった。誘われて行った合コンで、ちょっと仲良くなった。だがそれだけだ。
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