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「そういうわけには行かないよ。ただでさえ学費出してもらう期間が延びるだけじゃなくて、家から通えない距離でもないのに俺の我儘なんだから」
そうだ。まさしく『我儘』なのだ。
今までこの家にいたことも、出て行きたい理由も。
「でも航ちゃん。大学の近くなら歩いて通えるほどじゃなくても定期代はかなり浮くだろうし、その分が回せるから実質そこまでは変わらないんじゃない?」
「うん。できたら徒歩は無理でも、自転車で通えるところならいいと思ってる」
どこでもいい、なんでもいい。
この家から、……雪音から物理的な距離さえ取れればそれでいいのだ。もちろん気取られるわけには行かないけれど。
「……とりあえずお前は学生だから、契約も親が出なきゃならないしな。費用のことは、部屋とか金額がはっきりしてからまた話そう。でも今ママが言ったみたいに、全部こっちで出すつもりはあるから余計なことは考えなくていい」
義母と航大の会話を聞いていた父が、話を纏めに掛かる。
実際、自分はまだまだ親の扶養親族で「子どもの立場」だ。年齢こそ二十を過ぎているけれど、経済的にはまったく独り立ちなどできていない。
「ありがとう。定期代の分足しても、部屋代と生活費全額自力では難しいかもしれないから。少しは世話になると思いますけど、よろしくお願いします」
畏まって頭を下げる航大に、目の前の両親が顔を見合わせている。
「そんな大袈裟にしなくていいのよ。親子なんだから」
優しく笑って言う涼音に、航大も笑って「ありがとう、お母さん」と告げた。
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