【5】

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「航ちゃん! 久しぶり」  駅まで迎えに来てくれた義兄の姿に、雪音は涙が滲みそうになって、慌てて笑って誤魔化した。 「……ああ、そうだな。ここからちょっと歩くんだ。駅から近いと高いからさ。大学へは自転車で通えるから、駅からの距離はあんまり関係ないし。買い物も自転車で行けるしな」  故意にだろうか雪音のことは何も訊かず、航大は間を持たせるように新しい生活についてあれこれ話していた。 「意外と広いんだね。あーでも、家具が少ないからそう感じるだけ?」  ゆっくり歩いて到着した彼の部屋に通されて、雪音は部屋の印象を口にする。 「六畳大の1Kだから学生としてはごく普通だと思うけど、確かに物は少ないかもな。部屋に置いてるのベッドと机と本入れるボックスくらいだし。一応クローゼット、ってほど大したもんじゃないけど収納あるから、服は全部そこに入れてる。もともとあんまり数持ってないから、箪笥とかなくてもそれで十分だな」 「そう、だよね。家の部屋だっておんなじくらいの広さだし」  中身のない話。  それでも、久しぶりに航大と交わす会話だ。  もっと何かないだろうか。ただ声を聴くだけでもいい。航大と、話したい。 「そもそもこの部屋で過ごす時間ってそんなにないんだ。家出る前もそうだったけど、大学が忙しくてさ」 「そっか。……航ちゃん、俺が来て迷惑だと思ってる? ゴメンね、無理言って」 「……いや。いや、違う。そうじゃ、なくて──」  謝る雪音に、義兄は何をどう言っていいのかわからないといった様子で何やら呟いている。
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