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 彼は可愛らしい見た目と、その身に纏う柔らかな雰囲気に反して滅多に泣くことはない。  そう、「兄弟」になる前に義母に聞かされたそのままに。  何かが上手く行かなくて悔しさに目を潤ませる程度はあっても、こんな泣き声は航大にとっては初めての経験だった。  見下ろした床には引っ繰り返った勉強机の椅子と、顔に深紅の血の筋をつたわせて泣いている、雪音。  ──血。血が、あんな。雪ちゃん、が──。  助けなければ、と思うが身体が固まったように動かない。  そこへ、物音を聞きつけたらしい涼音が駆け込んで来た。 「どうしたの? ……雪ちゃん!」 「ママぁ、いたいー」  義母の顔を見て安心したのか、甘えが出たのか。  縋りつくように訴える雪音。 「航ちゃん、タオル持って来てくれる?」 「あ、わ、わかった!」  焦った様子の彼女の言葉に、航大はようやく手足を動かして二段ベッドの梯子を下りた。  洗面所に走り、棚のタオルの束を掴んで部屋に戻る。  タオルを受け取った義母は、丁寧に雪音の顔の血を拭いているようだった。 「どうしよう、止まらない。……航ちゃん、病院行くから一緒に来て」 「う、うん」  マンション地下の駐車場まで、母親に抱き着くように何とか歩いている雪音を二人の後ろを見守るように追う。  義母が運転する車の後部座席で、航大は義弟を抱き抱えていた。  額の傷に押し当てたタオルがじわじわと赤く染まっていく。  ──血が、全然止まんない。雪ちゃん、死んじゃう、かも。  己の愚かな行動の結果に、身体の震えが止まらなかった。
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