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『婚礼の儀式』は『結婚パーティー』の時よりも招待される客は少ない。
魔界の要人や異世界の王などに限定される。
オランとアヤメが会場入りすると、客人の誰もが驚きに目を見張った。
オランの黒のタキシードに対しての、アヤメの純白のドレスに。
魔界の礼服は黒である、という常識を覆すという衝撃だけではない。
悪魔の王・オランと、人間の妃・アヤメ。
二人並んだ衣装の、黒と白のコントラスト。
まさに悪魔と人間を象徴した相反する色合いは、互いを引き立てる。
そして、アヤメが持つブーケはもちろん、菖蒲の花束。
純白のドレスに映える、印象深い紫の花。
ちょうど腹部あたりで両手で持つその花は、お腹に宿る子を象徴するようだ。
「驚くのは早いぜ、よく見てろよ」
客人の反応に気を良くしたオランは、ニヤリと笑った。
オランはアヤメと向き合うと、アヤメをウエディングドレスごと抱きしめた。
突然の新郎新婦の抱擁に、誰もが口を閉ざし見守る。
すると…アヤメのウエディングドレスが、みるみるうちに黒に染まっていく。
純白の花のようなレースの上に重なるようにして、漆黒の色が花開いていく。
一瞬にして、アヤメのドレスは『漆黒』に染まっていた。
ウエディングドレスは、魔力を注ぐ事で色が変わる特殊繊維で作られていた。
以前に、後ろ前に着た『禁断のドレス』や、新婚旅行での水着と同じ仕様だ。
漆黒の花嫁となったアヤメは、客人達の方に体を向けて静かに口を開いた。
「私、王妃アヤメは魔王オランを生涯愛し、身も心も全てを捧げます」
これは、魔王に嫁いだアヤメの決意表明、『誓いの言葉』である。
この演出を考えたのは、アヤメなのだ。
白のウエディングドレスを纏い、それをオランが漆黒に染め尽くす。
人間の少女が悪魔を受け入れるという、種族を越えた愛の証と覚悟。
その身を魔界とオランに捧げるという『誓い』を視覚で見せるという演出なのだ。
これが本当の『お色直し』である。
一斉に沸き起こる拍手。
その粋な演出に、誰もが感動し二人を祝福した。
その後の二人は、長椅子に並んで座って客人の対応をした。
本来の形式とは異なるが、懐妊したアヤメの体への負担を減らす為の配慮である。
魔界の要人や異世界の王などが次々とお祝いに訪れ、二人に対して短い挨拶を交わす。
その中にはもちろん天界の王、天王ラフェルもいた。
久しぶりの再会に、リョウが天王に飛びついて喜んだのは言うまでもない。
「リョウ。元気でやっているか?」
「てんおうさまー!うん、ボクげんき!!」
ちなみにリョウの服装は、以前のパーティーの時と同じ、黒のベストに蝶ネクタイである。
そうして天王は、次にオランとアヤメの座る椅子の前に立ち、軽く会釈をする。
アクアブルーの長い髪と中性的な顔立ちの天王は、自然に流れる水のような美しい所作で言葉を述べる。
「魔王、そしてアヤメ妃。この度は、お祝い申し上げる」
「あぁ。これからはアヤメにも敬意を払えよ、王妃だからな」
天王は常に無表情なので素っ気ない態度に見えるが、オランは気にしない。
ディアと似たようなものだ。
対する天王も、上から目線の態度のオランの言葉を無反応で流す。
「すでに懐妊までとは、驚いた」
そうは言うが、やはり無表情の天王は驚いているようには見えない。
「やる事やってんだ、当然だろ」
「え…オ、オラン……」
アヤメは照れと緊張で、オランの横で引きつった笑顔で反応するだけであった。
それは天王に限らず、客人が挨拶に来る度に、ずっとであった。
その度にオランが、大人の対応でアヤメのフォローをする。
全てはアヤメの体を考えて簡略化された、最低限の行程での儀式であった。
純白のドレスから漆黒の花嫁となった、人間の少女・アヤメ。
その姿は、魔界の人々の目を惹き付けた。
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