第7話『反抗期到来?』

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第7話『反抗期到来?』

全てが上手く行っていると思った。 アヤメは、その身に教え込まれた法則に従い、ひたすらにオランを求め、触れ合い、尽くしていく。 今や、オランの理想を具現化したアヤメの姿は、彼を満足させるのに充分な程であった。 だがそれは、満たされる事のない器と、満たしてもらえない器に過ぎない。 オランの『願望』を満たす代わりに、アヤメに植え付けられたものは『渇望』。 オランは気付いていなかった。 『調教』にも『恋愛』にも、『完璧』はあり得ない………という事に。 いつもの朝……のはずだった。 オランが目を覚ますと、胸元に抱きつくようにして眠るアヤメの顔が視界に映った。 ぼんやりとしていた視界にピントが合うと、アヤメがしっかりと目を開けてオランを見上げている。 アヤメが先に目覚める事は珍しくない。 いつもと違うのは、オランの目覚めに気付いたというのに、アヤメが全く動かないからだ。 『朝のキス』という、日課の行為に移ろうとしないのだ。 オランが、アヤメの白く柔らかい頬に、そっと片手で触れた。それが催促なのだ。 すると、いつものように、キスの前に照れながら囁く『あの言葉』をようやく口にした。 「おはよう、オラン…………好き?」 「………んぁ?」 寝起きという事もあり、オランの口から気の抜けた声だけが漏れた。 アヤメの言葉の最後が、終止形ではなく疑問形であった。 アヤメは瞬きもせずに、オランの深紅の瞳から一切目を逸らさずに、同じ言葉を囁く。 「好き?」 やはり、疑問形だ。これは、完全に問われている。 オランが答えずにいると、アヤメは自ら、その言葉の続きと真意を話し始めた。 「私は毎日言ってるけど、言ってもらった事は、一度もないから……」 ここでオランは、アヤメの心を汲むべきだった。 無欲であるはずのアヤメが、この言葉を口にした意味を。 答えを間違えば、純粋なアヤメの心は簡単に傷付いてしまう事を。 「んだよ………当然だろ」 それが、オランの答えだった。 寝起きだからか素っ気なく、気遣いの欠片もない。 …………そうじゃない。 嬉しくない。期待していた答えとは違う。 そう思ったとしても、アヤメは当然ながら、口答えはしない。 唯一できる反論は、やはり疑問形にして返す事だけだった。 「じゃあ、私がオランを好きなのも、当然なの?」 「………何が言いてえ?」 (私、『好き』って言わされてるだけ…なの?) それは、決して口に出してはいけない言葉だと、アヤメは分かっている。 決して思ってはいけない、持ってはいけない疑問なのだという事も。 そう思ってしまえば、自分の全てが否定されてしまうから。 「なんだ…オレ様が信用できねえのか」 オランは、添えた片手でアヤメの頬を優しく撫でる。大切な物を扱うように。 嬉しい行為のはずなのに、アヤメは否定を伝えたくて僅かに顔を横に振った。 「ちがう…好きだし、信じてる……でも……」 「でも何だよ?何を望むのか言ってみろ」 オランは、アヤメを厳しく問い詰めている訳ではない。純粋に望みを叶えてやろうという優しさのつもりだ。 その残酷な優しさが、アヤメを追い詰めていく事に気付かない。 「……そうやって、言わせようと……しないでよ……」 次の瞬間、アヤメが突然、布団を掴んで勢いよく起き上がった。 布団が一気に足元までめくり上げられて、オランとは反対側のアヤメの隣で寝ていたリョウが目を覚ました。 そして、怒るというよりは泣きそうな顔でオランに言い放った。 「もういい、知らない!!オランのバカー!!鬼ーー!!あくまーーー!!!」 アヤメの精一杯の反抗と思いつく限りの罵倒が、これだった。 悪魔を悪魔と言った単なる正論でしかないそれは、子供の口ゲンカのようで全く迫力がない。 オランとリョウは、寝た体勢のままで呆気に取られていた。 だが、すぐにいつもの余裕を含んだ顔に戻る。 「……それで?悪魔のオレ様に何を望む?」 何故オランは、ここで揚げ足を取ってしまうのか。 アヤメは起き上がると、ベッドから降りて立ち上がった。オランはベッド上で上半身を起こす。 涙をこらえて、精一杯の虚勢を張った。その口元が微かに震えている。 「………もう、一緒に寝ない」 アヤメにとっては思い切った、最大級の反抗を見せたつもりだった。 だが、オランは落ち着いている。むしろ面白いモノを見た時の顔をしていた。正真正銘の悪魔だ。 「へえ?出来るのか?」 アヤメが一人では眠れないという事は、オランが誰よりも熟知している。 心で抵抗しようが、身体が求めてくるだろう。その逆もまた然り。 オランが注いで来た『調教』という名の愛情はアヤメの心と身体を縛り付け、決して逃れられない鎖となった。 だから、引き止めはしない。そもそも、アヤメの自由を奪おうなんて一度も思わない。 そうしたいのならば、させてやる。結果は見えているのだから。 「一人でも寝れるもん……」 アヤメにも自信がないのか、やはり子供のような捨て台詞だ。 だが、アヤメはベッド上で身を起こしているオランの正面に立つと、身を屈めて顔を近付ける。 「おはよう……」 そう呟くと、いつもより口を尖らせながらも、オランに口付ける。 こんな修羅場でも結局、アヤメは『朝のキス』を欠かさない。哀れなほどに従順だ。 意地悪なオランは、アヤメの後頭部を片手で押さえて、強く引き寄せた。 驚いたアヤメは一瞬、身体を強張らせた。 (足りなかったのか?………なら、教えてやる) 決して逃がさないとばかりに、いつもよりも深く長く、アヤメの唇を縛り付けた。 「……?………ふ…ぅ………」 塞がれたアヤメの口から、甘い吐息が漏れ始める。 控えめに閉じた唇を強引に(ほど)かれて、同時に身体の緊張も(ほぐ)されていく。 だが、今度は全身に力が入らない。思考能力も働かない。 (本物の…………快楽ってヤツを) ようやく長い束縛から解放されると、アヤメは頬を紅潮させて小さく息を吐いた。 焦点が合わず、甘い余韻から意識が抜け出せないでいる。 オランは意地悪そうに笑いながら、いつでも再び口付けられそうな至近距離で囁く。 「どうだ…………良かったか?」 もはや言葉攻めだ。 残る感触、深紅の瞳、甘い囁き、快楽の味。5感全てを支配され、身動きすら出来ない。 そんなアヤメが答えられるはずもない。口を開いてしまえば、彼の思惑通りの答えしか出ない。 「……知ら…ない……もん……」 やっとの思いで名残惜しさを振り切ると、アヤメは裸足のまま走り出して、逃げるように寝室から出て行った。 それに続くように、リョウが急いでベッドから飛び降りると、アヤメの後を追った。 「お兄ちゃんの、ばかー!おにーあくまー!!!」 完全にアヤメの真似をしながら、パタパタと走り去って行った。 オランは何も言わずに、余裕の構えで見送った。 二人とも寝間着のままなので、またすぐに戻って来る事になるだろう。 オランは再びベッドの上に寝転がり、仰向けになった。 ……これが『反抗期』なのだろうか。 所詮は17歳の少女。この程度は想定内だ。 意地を張る姿も、少し怒った顔も、拗ねた顔も。まだ見た事のないアヤメを知る度に快感を覚える。 全てを知り尽くして、全てを支配したいという欲望は尽きない。 「………可愛いな」 本当に、この悪魔は、救いようがない。 どうせ夜になれば、アヤメは自分の元へと戻って来る。 何故ならば、アヤメは知ってしまった『快楽』を忘れる事など出来ないのだから。 この続きは、今夜だ。 今日は特別な夜になりそうだ。どのようにして可愛がってやろうか? そんな事ばかりが、オランの脳内を巡っていた。
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